大人は子供をだましたい

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 キッチンに入るとテーブルで幸之助が本を読んでいた。  私にちらりと視線を向けて、すぐに本のページに戻す。  何となく気まずい空気を感じるが、とりあえず夕飯の準備をしなければならない。まずはお粥を先に作ろう。  そう思って冷蔵庫を開ける私に、幸之助が不意に話しかけてきた。 「ねえ、パパ」 「え?何?」 「ママのことヨメっていうの、前から思ってたんだけど、やめたら?」 「え?なんで?」  さっきの電話での会話を聞いての事だろうが、結婚してこのかた嫁というのは普通に私が使ってきた言葉だった。 「感じ悪いじゃん。だってママはパパのヨメじゃないもん。おばあちゃんたちがそう言うならわかるけどさ、パパが言ったら感じ悪いよ。なんかエラそう。ママだって絶対イヤだなって思ってるよ。めんどくさいから言わないだけでさ」 「え、そうなの?感じ悪いか?」 「悪いよ」  確かに正しくは嫁は私の妻であって嫁ではないだろう。しかし、そんな厳格に言葉を選んではいなかった。何となく、周りも自分の奥さんを嫁と呼んでるのを聞いていて、自然にそう言っていただけなのだが、果たして妻である彼女は「嫌だな」と思っているのだろうか? 「そ、そうか。判った。気を付けるよ。それで、今日何食べたい?」 「カレー」 「そうか。よし、判った。美味いカレー作ってやる」
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