大人は子供をだましたい

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 幸之助は夕食の後に歯磨きを済ますと、すんなりと自分の部屋へ行ってしまった。  食事中、特にこれといった会話はしていない。何か話しかけても簡単な返事だけで長続きはしなかった。これは少しまずいのではないだろうか?  私は初めて、息子との間に距離が出来ているのかも知れないという不安を覚えた。食器を片付ける為に妻の部屋へ行くと、彼女は自分で食器を運ぼうとしている所だった。 「大丈夫?」 「うん。だいぶ良くなってきたみたい」  そう言うので二人でキッチンに戻る。  妻は自分の分とまだ洗っていなかったカレー皿とを洗ってくれた。  私はダイニングの椅子に座って妻の背中を見ながら呟く。 「やっぱりさ、聴きにくいよ。プレゼント何がいいかって」 「はぁ?まだ聞き出してないの?いよいよ買い物も大変になるじゃない」 「去年は何欲しがってた?」 「覚えてないの?」 「うん」  妻は乾燥機に食器を置きながらため息をつく。 「ゲーム」 「お。子供らしい」 「英会話のね」 「…全然覚えてないや」 「でしょうね」  妻は少々嫌味っぽくそう言って、こちらを振り向いた。 「いい機会なんだから、もっとコミュニケーションとってよ」 「え、いい機会って今の事?」 「そう。今」 「そんなに言われる程とってなかった?」 「コウの好きな色は?」 「…青?」 「緑」  私は乾いた笑いを漏らして、バツが悪いので妻に生姜湯作ろうかと聞いてみた。妻はうんと返事をし、椅子に座る。私は入れ替わりに立ち上がって生姜湯を作り始める。 「もう二、三日私は引きこもっとくからよろしくね」 「え、具合良くなってるの?なってないの?」 「無理すればあなたに任せなくてもいいけど、無理したくないの。どうせお正月の準備で忙しくなるんだもん。今のうちに休んどくわ」 「えー」 「えーじゃないわよ。じゃあ、お正月の準備用の買い物に行ってくれるの?出来るの?行けるの?」  私は言葉に窮して蜂蜜を探す動きが大袈裟になる。  年末はおそらく仕事は休めないだろう。せいぜい、大晦日の三時過ぎくらいに帰宅できる余裕がある程度だ。しかも今こうやって妻の看病と家事をする為に休みを取っているので文句は言えない。 「ツリーの飾りつけもあなたがやるのよ。コウと二人で」  私は唸りながらカップにお湯を注いで生姜湯を作り上げた。  妻はありがとうと言って受け取り、私は向かいの席に腰を下ろす。 「ツリーなんか来週でいいんじゃないの?親子三人でやろうよ」 「せっかく飾るのに期間が短すぎるわよ。それに来週になったら結局私とコウで飾る事になるわ。きっとそう。絶対そう。去年も二人でやったもの」 「そうだっけ」  迂闊な言葉に妻の視線が鋭く変化した事に気付いて、私は素早くゴメンと謝った。 「判ったよ。判ったけどさ、素直に幸之助がそんな事してくれると思う?」 「するわよ。毎年楽しそうにしてるもの」 「だから、もうサンタを信じてないんだって」 「またそんな事。そんな訳ないでしょ」  幸之助はまだ妻にはその話をした事がないのだ。いつ言う気なのだろうか?『僕、もうサンタなんか信じてないよ、わるいけど』そんな事を言われたら、彼女はどうするだろう?きっと私と同じくらい動揺するに違いない。  おや?  私は思った。これはもしや、妻よりも私の方が息子についてよく知っているという事じゃないか?なんだ。それはそれでちょっと楽しい事実だ。 「判ったよ。頑張ってやってみるよ」  若干の優越感を感じながら、私はそう言った。
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