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そうは言ったものの、だ。
朝食後に高さ2メートルのツリーを倉庫から引っ張り出してきて居間に据え付け、オーナメントの入った段ボール箱をその隣に置きはしたものの、幸之助に掛ける言葉が思いつけない。
だが、そのうち通りがかった幸之助の方から声をかけてくれた。
「ママ、まだ具合わるいの?」
「うん。そんなに酷い訳じゃないけどね」
「ふうん」
「なあ、幸之助、その、」
「かざるんでしょ」
「あ、ああ」
「べつにいいけど」
幸之助は手に持っていた本らしき物をテーブルに置いて、私とツリーに近付いてきた。迷わず段ボール箱の前でしゃがんで、ハイと、大きな星を取り出して私の前に差し出した。
「え?」
「星、パパがつけてよ。てっぺんは僕とどかないじゃん」
「あ、でも」
確かてっぺんの星は例年幸之助が最後に飾っていた筈だ。去年は私が幸之助を抱えて、その前はまだ幸之助の体重が軽かったので妻が抱え上げて、ツリーの飾りつけの締めにそうしていた気がする。
「最初に付けるの?」
「その方がこうりついいじゃん。上の方パパね。僕はまん中あたりから下にむかってやるから」
「あ、ああ、判った」
とりあえず飾る気になったのだから良しとしよう。しかし幸之助が、何となくこの作業を仕事っぽく捉えていそうな所が気にかかる。さっさと済ませてしまおうという空気を感じる。いや、空気というより多分、確かにやるしかないからやっているんだと思った。
「なあ幸之助」
「なに?」
「もうツリーとか、嫌なのか?」
「べつに」
別にって、どっちなんだ?
「いいんじゃないの。部屋が明るくなるしさ。ママもよろこぶでしょ」
「ああ、なるほど」
ママの為の比重が重そうだな。
「なあ、幸之助」
「なに?」
「もしサンタが本当にいたらどうする?」
「いないし」
「うーん」
「そもそも聞き方がへんだよね。本当にいたらって、オバケみたいな言いかた。昔いた人でしょ。人間じゃん。それってさ、今も生きてるってこと?いくつなのその人?千才こえてるんじゃない?ムリでしょ」
「いや、でも、その、そうだよ。まだ生きてるのかも知れないじゃないか。それで何処かにいるのかも知れない。イタリアとかで、大っぴらには出来ないから、ひっそり暮らしてるのかも知れないよ?何しろ聖人なんだから、長生きだっておかしくないだろう」
「おかしいよ。なんでひっそり暮らすの?どうどうと暮らせばいいじゃん。良い人なんでしょ?かくれる必要ないでしょ」
「いや、そこはさ、現代では何かとほら、そんな長生きって、許容できない人達もいるからさ、混乱を招かないように、死んだ事にして、ひっそり暮らしてるんだよ」
と、ここまで話してなかなか上手い説明じゃないかと自分でも感心し、口も滑らかになってきた。
「いやいや」
幸之助は可愛げなく鼻で笑った。
生まれたてで、夜病院に会いに行った時の幸之助は、あんなに可愛く笑ってたのに。
「じゃあなんで年に一度こんなハデに出てくんの?バレんじゃん。ヒッソリだいなしじゃん」
「えっと、つまり」
「いいよ、もう。ねえ、今日もパパがごはんつくるの?」
「夜?」
「うん」
「え、不味かった?昨日のカレー」
「べつに。じゃあ、今日も昨日のカレーでいいよ」
「そう?助かるよ。昼はどうする?何かリクエストある?」
幸之助は少し考えて、サンドイッチと答えた。
昼が近づくと私はリクエスト通りサンドイッチを作って、妻の部屋にも同じものを運んだ。
午後から幸之助は庭に出て、一人で剣道の素振りと軽い体操をする。
すくすく育ってはくれているのだ。
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