第二話 我に秘策あり

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第二話 我に秘策あり

「マーカム王様、申し上げます」  早馬(はやうま)で帰還した兵士は、息も切れ切れに声を張った。  時計の針は、ドラセナが馬人間になる数時間前まで戻る。  太陽が西の地平線と交わり始めた頃、ローレンス城・王の間の空気は、キンキンに張り詰めていた。  兵士が片膝をついた先の煌びやかな椅子に鎮座するのは、ウマリティ王国第十四代王のマーカム・ウマリティである。十五歳。父・カイロスの急死に伴い、先月、王位を継承したばかりの若き王だ。 「先ほどサロルド軍が、東の国境を突破! 次々と主要砦を陥落させて、王国内を進軍中です。現在は五十キロ東の距離まで近づいております」  全身に泥と血をまとった兵士の姿は、戦場の悲惨さと事態の緊急性を物語っていた。 「なんと。もう、東の国境を突破だと……」  王の両脇に一列並ぶ家臣団の一人からは、(うめ)きとも、驚嘆とも言える声が漏れる。  隣国のサロルド共和国は、豊富な埋蔵資源に恵まれた超大国である。一方のウマリティ王国は、馬産業を生業にしてきた小国であった。  先の二十年戦争で、終戦合意した後は、ウマリティ王国が王女や優駿(ゆうしゅん)をサロルドに献上することで、何とか同盟関係を保ってきた。  が、前国王のカイロスが急死すると、関係は一変する。 「献上した馬が暴れて、死者が出た」  言いがかりであること間違いなしの理由で突如、同盟を破棄してきた。  国王の死の場合、一年間の喪に服すのが通例である。そのため、一年間は不戦となるはずだが、サロルドにはそんな配慮は一切ないらしい。悲しみに暮れていたマーカムの元に一週間前に宣戦布告の手紙が届いたのだ。  混乱に乗じて、ウマリティを滅ぼす──。  そんな魂胆が透けていた。  そして、前日には国境近くまで、侵攻してきたとの報が入った。 「サロルドの数は?」  マーカムは眼下で片膝をつく兵士に問う。 「二万でございます」  あどけなさが残るがこの国のトップである。王として、何とか気丈に振舞おうとしていたが、流石に兵士の報告を聞いて、顔に影が差した。 「二万か……それに対して、我が軍は二千弱……」  マーカムは、この国と自らの暗い未来を悟るように苦衷(くちゅう)を滲ませる。  発言する家臣はいない。皆が下を向く。  俺たちは負けるのか。この国は滅びるのか──。そんな沈鬱な空気が、王の間全体を制圧しかけた時だった。 「マーカム王様、心配はいりませぬ!」  重苦しい空気を一瞬で吹き飛ばすような溌剌とした声が響く。  全員の視線がある男に向く。騎馬隊長であり英雄のドラセナである。 「お父上であるカイロス王様もかつて、数的不利な(いくさ)を何度も勝利してこられました」  そう言って、実際に勝利した戦いを列挙する。ドラセナが発言するだけで、冷え切った場の空気がどんどん氷解していく。 「むしろ、これは我らウマリティ王国が強国であると諸外国に示す好機にございませんか? このドラセナがいる限り、万に一つ、負けはございません」  ただ単に勇気づけるための言葉ではない。実際、ドラセナは数々の勲功をあげてきた。その言葉には重みと説得力があった。 「ドラセナよ……」  悲壮に満ちていたマーカム王の顔に一筋の光が差す。家臣団も同様だった。 「戦は数ではございません。このドラセナには、秘策がございます」 「秘策? ドラセナ、それは何じゃ?」  マーカムは前のめりとなって尋ねる。 「準備に時間がかかります。明朝にはその秘策を明らかにしますので、しばし、我に時間をください」  が、ドラセナはこの場では秘策を明らかにしなかった。  ──この中に内通者がいるかもしれない。  先の大戦でも、裏切り者が出て、何度も苦境に陥った。  ──戦争とは、人を打算的にさせて、簡単に変心させてしまうものだ。  そのことを身をもって体験しているからこそ、ドラセナは慎重だった。 「必ずやサロルドの軍勢を蹴散らし、このウマリティ王国に勝利をもたらしてみせましょう」  ドラセナはマーカムの前に片膝をつく。それから右手を左胸に当て、従順の意を示すように首を垂れた。  それから、さっと立ち上がると、再度、マーカに深くお辞儀をして、くるりと踵を返す。全員の視線をその背に釘付けにしたまま、王の間を辞去する。  その時、マーカムをはじめ、その場に居合わせた誰も知る由がなかった。それが英雄・ドラセナを見る最後の機会になるとは……。
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