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第三話 ケンタウロスになりたい
最強戦士・ドラセナには夢があった。
それが、人馬一体の究極の形──。ギリシャ神話にも登場する半人半馬族の「ケンタウロス」に転生することである。
「ドラセナ、まぁ堅い話は良いから、まずは飲め」
神・ディファロスは、このところ毎日、酒盃を片手にドラセナの夢に現れる。
今日もそうだった。
「少し仮眠する」
邸宅に帰るや否や妻、サルビアンナにそう告げて、ベッドで横になったドラセナの夢に、まもなくディファロスは現れた。
「近頃は神業界もなかなか大変なんだ」
それがディファロスの口癖である。
人間同様に定例の異動があり、嫌な上司もいるらしい。実際、ディファロスは、上司とソリが合わず、軋轢の末に飛ばされ、数ヶ月前からこの地域の人間担当になったらしい。
人間界に溶け込むために、今は若い男の姿をしている。
──神になってからディファロスはまだ間もないのでは?
もっとも、日々の会話からドラセナはそう推察していた。
なにわともあれ、ディファロスは英雄であるドラセナを一目置いていたし、ドラセナもフランクなディファロスを慕っていた。
神と人間という関係を超越するほど、二人は馬が合ったのだ。
「ふむふむ。つまりはドラセナ……。お主はその半人半馬族のケンタッキーとやらになりたいわけだな?」
大分、呂律が怪しくなってきたディファロスが、ドラセナに問い返す。
「違う! ケンタッキーではない。俺がなりたいのはケンタウロスだ」
──クリスマスの食卓に並ばされてたまるか。
強い口調でドラセナはすかさず訂正する。目が据わっているディファロスを前に熱弁する。
「いいか? もし俺と愛馬のトゥレネが融合してケンタウロスになれば、数万の軍にも匹敵する力となるのだ。俺は決して、力に飢えているんじゃない。そこだけは強調させてくれ。戦争を起こさせないように、俺自身が抑止力になりたい──。ただそれだけなんだ。強大な力である『ケンタウロス』という存在が知れ渡れば、間違いなく他国の侵攻の障壁となる。今回のようなことは起きない。結果として戦争は起きない。俺の存在が平和をもたらすんだ」
──いかんいかん。
その時、ディファロスは日頃の激務で船を漕ぎかけていた。
ハッと目を開けた時、眼前のドラセナは何やら身振り手振りを交えて、熱く説明していた。
──しまった。少しの間、意識が飛んでいた。
『俺の存在が平和をもたらすんだ』
かろうじて、その部分は鼓膜が拾っていた。
「だから頼む。俺をケンタウロスに生まれ変わらせてくれ!」
眼前のドラセナは今、居住まいを正して、頭を下げた。地面に額を押し付けんばかりに何やら懇願している。
──途中の話はよく聞いていなかった。だが、まぁ良い。
あの英雄・ドラセナが頭を下げて自分に頼み込んでいるのだ。ドラセナと飲み友というだけで、神業界では自慢できる。神学校の同期からは羨ましがられる。
──我も実は恩恵は受けているし、マブダチの願いを無下にはできない。
「ドラセナ、お主の熱意には負けた……。仕方がない、我の神力でお主をケンタウロスとやらに変えて見せよう」
酒の勢いで気が大きくなっているのもあって、ディファロスはドラセナに約束した。
「本当か」
頭を上げたドラセナの顔は期待に満ちていた。
「本当だ。我は神だ。二言はない。ただし、ケンタウロスとやらに転生したら、お主は二度と元の体に戻れない。それでも良いのか?」
ディファロスはそこだけが気がかりだった。
「構わぬ」
ドラセナは即答する。その表情は決意に満ちていた。
「俺はケンタウロスとして、このウマリティ王国の象徴となる。俺は今回の戦争でサロルドの大群を打ち破ることで伝説となるだろう。それが不戦につながり、世に安寧をもたらすなら、俺の本望だ」
ドラセナの固い決意に、ディファロスはコクリと頷く。それから告げた。
「分かった。では今夜、早速、お主をケンタウロスに転生させよう。いいな?」
「本当にありがとう」
ドラセナはまたもや額を地面に擦り付けんばかりに、謝意を示した。
「今夜、西の大平原に星を堕とす。小さいが強大なエネルギーだ。落下地点に魔法陣を描き、愛馬と待て。そして、『ケンタウロスになりたい』と心から願え。さすれば、強大な力がお主をケンタウロスとやらに変えよう」
半人半馬族のケンタウロス──。
神・ディファロスは、実はこの時、ケンタウロスについて大きな勘違いをしていた。そして、ドラセナも、神がまさかケンタウロスを知らないとは思わなかった。
噛み合っていない歯車が、悲劇に向かってゆっくりと動き出した。
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