きみは流星

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☆  目を開いた時、最初に見えたのは、おぼろげな人の輪郭だった。  恐る恐る、探るように両手を伸ばす。頬、鼻、唇。触り慣れた形を、手のひらで確かめる。 「お父さん……?」  指に、生暖かいものが触れた。驚いて、私は両手でその頬を包み込む。 「泣いてるの?」  背中に腕を回され、ぎゅっと抱きしめられる。その身体は、小刻みに震えていた。まるで、私にしがみついているみたいに。  病室の中を、ゆっくりと見渡す。  ぼんやりとした景色が、徐々にはっきりしていくにつれて、頭の中の靄も少しずつ晴れていく。  その時、純粋な疑問がぽつりと浮かんだ。 「ねぇ、お父さん。お母さんはどこ?」 ☆ 「いつか、目が見えるようになりますように」  幼い頃から、ずっと、そう願ってきた。  目が見えなくなったのは、私が六歳の頃だ。 「どうして私は目が見えないの?」  ふとした拍子に、蛇口をひねったみたいに怒りと恐怖が溢れてきて、毎日、胸がちぎれそうだった。  自分の身体に触れるもの全部を、手当たり次第投げつける。そんな私を、お母さんはいつもぎゅっと抱きしめてくれた。それでも、やり場のない感情は消えなくて、泣き疲れて眠るまで、私は暴れ続けた。  しゃらん、という美しい音が聞こえたのは、そんなある日のことだった。  涙が枯れても泣き続けていた私は、突然聞こえたその音に、はっと息をのんだ。 「今のはね、流れ星の音」 「ながれぼし?」 「そう。お空の彼方から、お星さまが降ってくるの。流れ星に祈るとね、願いごとが叶うんだよ」  お母さんのすべすべした指が、手のひらに触れるのを感じる。 「こうやって、手と手を組んで、お願いをするの」 「お願い……」 「ね、だから、ひかりもお母さんと一緒に祈ろう」  その日から、私は毎晩、お母さんと一緒にベランダへ出て、流れ星の流れる音を聞くのが日課になった。  しゃらん、という不思議な音は、一日のうちで、たった一度だけ聞こえた。その澄んだ音を聞きながら、一生懸命お祈りすると、胸の中に満ちていた悲しみや怒りが、すぅっと静まっていくような気がした。  お母さんの仕事が忙しくなり、家に帰れない日が続くようになると、かわりにお父さんが一緒に祈ってくれた。ぎこちなく私の頭を撫でるお父さんの手のひらは、いつも、少しだけ震えていた。  盲学校に入学する頃には、自分で自分の感情を、上手くコントロールできるようになっていた。自分が、特別不幸な人間だと思わなくなったのは、両親のお陰だろう。  それでも、私は毎晩、流れ星に願い続けた。  願うことは、私にとって、希望の光だった。  十二歳になると、角膜移植の手術を受けられるようになるらしい。  手術の順番待ちをしている人は、すごくたくさんいるから、十二歳になったからといって、すぐに手術を受けられる訳じゃない。それに、たとえ手術を受けても、必ず見えるようになるとは限らない。でも、信じるかぎり、希望はある。  いつか、本当の流れ星を見てみたい。お父さんと、お母さんと一緒に。  それが、私の願いだった。 ☆ 「ひかりに、伝えなければならないことがあるんだ」  お父さんがそう言ったのは、角膜移植手術から一週間が経った日の夜、自宅のベランダから空を見上げていた時だった。  その手のひらの上にあるものを見て、目を瞬く。 「ひかり。お母さんは……」
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