46人が本棚に入れています
本棚に追加
あなたと私は、一緒にいられない。
あなたと一緒に生きること。
あなたを、この胸に抱いて生きること。
どんなに強く祈っても、その願いだけは、どうしたって叶わない。
だから。
私はせめて、あなたの心に降る流れ星になりたい。
ねぇ、神様、どうか。
この小さな願いを、叶えてほしい。
☆
ちりん、と涼やかな音が響いた時、
「あ、流れ星」
と、ひかりが呟いた。
「お願い事しなきゃ」
手のひらを胸の前でぎゅっと組み合わせて、目を閉じる。眉間に、小さな皺が寄っていた。それを見て、可愛いなぁと思う。
夜の10時、世界が少しずつ眠りにつく頃。
自宅のマンションのベランダから、四角く切り取られた夜空を見上げるのが、僕と彼女の日課だった。
「いつか、目が見えるようになりますように」
精いっぱいの大きな声で、ひかりが言う。
ひかりの世界が暗闇に覆われたのは、彼女が六歳になる頃だった。
原因不明の高熱に襲われ、大学病院に運び込まれた彼女は、丸三日間、生死の境をさ迷った。長い長い戦いの末、辛うじて一命を取り留めたものの、目を覚ました彼女の瞳は、ほとんど光を失っていた。
「……叶うといいね」
絞り出すように呟いた僕の頭に、あの人の面影が浮かび、消える。
優しいまなざしをした、あの人。折れそうなくらい細い腕で、抱きしめてくれた温もりを、思い出す。
ひかりの願いが、叶うこと。それを望むのと同じくらい強く、叶わないでほしいとも思うこと。
矛盾した思いが、胸の中で、ぐるぐると渦巻く。
こんな僕を、あの人は許してくれるだろうか。それとも、「しっかりしてよ」と困ったように笑うだろうか。教えてほしい。僕は、いったい、どうすればいいのか。
「明日も流れるかなぁ、流れ星」
ひかりが、ふわりと笑う。
無垢そのものの、汚れのない、美しい笑顔。その表情は、ドキリとするほど、あの人に似ていた。
壊れ物に触れるように、そっと彼女の頭を撫でる。
明るすぎる小さな夜空に、僕は、必死で目を凝らす。
こんなの、非科学的だ。
そんなことは、分かっている。
それでも、一瞬の光も見逃さないよう、まばたきすら惜しんで、流れ星を探す。あの日、あの人の隣で見た景色を、一生懸命思い描く。
だけど、どんなに目を凝らしても、星も見えない都会の夜空に、流れ星なんて、見えるはずもない。
「私ね、流れ星の流れる音、大好き」
鈴のようなひかりの声が、夜空に吸い込まれていった。
最初のコメントを投稿しよう!