きみは流星

1/5
前へ
/5ページ
次へ
 あなたと私は、一緒にいられない。  あなたと一緒に生きること。  あなたを、この胸に抱いて生きること。  どんなに強く祈っても、その願いだけは、どうしたって叶わない。  だから。  私はせめて、あなたの心に降る流れ星になりたい。  ねぇ、神様、どうか。  この小さな願いを、叶えてほしい。 ☆  ちりん、と涼やかな音が響いた時、 「あ、流れ星」  と、ひかりが呟いた。 「お願い事しなきゃ」  手のひらを胸の前でぎゅっと組み合わせて、目を閉じる。眉間に、小さな皺が寄っていた。それを見て、可愛いなぁと思う。  夜の10時、世界が少しずつ眠りにつく頃。  自宅のマンションのベランダから、四角く切り取られた夜空を見上げるのが、僕と彼女の日課だった。 「いつか、目が見えるようになりますように」  精いっぱいの大きな声で、ひかりが言う。  ひかりの世界が暗闇に覆われたのは、彼女が六歳になる頃だった。  原因不明の高熱に襲われ、大学病院に運び込まれた彼女は、丸三日間、生死の境をさ迷った。長い長い戦いの末、辛うじて一命を取り留めたものの、目を覚ました彼女の瞳は、ほとんど光を失っていた。 「……叶うといいね」  絞り出すように呟いた僕の頭に、あの人の面影が浮かび、消える。  優しいまなざしをした、あの人。折れそうなくらい細い腕で、抱きしめてくれた温もりを、思い出す。  ひかりの願いが、叶うこと。それを望むのと同じくらい強く、叶わないでほしいとも思うこと。  矛盾した思いが、胸の中で、ぐるぐると渦巻く。  こんな僕を、あの人は許してくれるだろうか。それとも、「しっかりしてよ」と困ったように笑うだろうか。教えてほしい。僕は、いったい、どうすればいいのか。 「明日も流れるかなぁ、流れ星」  ひかりが、ふわりと笑う。  無垢そのものの、汚れのない、美しい笑顔。その表情は、ドキリとするほど、あの人に似ていた。  壊れ物に触れるように、そっと彼女の頭を撫でる。  明るすぎる小さな夜空に、僕は、必死で目を凝らす。  こんなの、非科学的だ。  そんなことは、分かっている。  それでも、一瞬の光も見逃さないよう、まばたきすら惜しんで、流れ星を探す。あの日、あの人の隣で見た景色を、一生懸命思い描く。  だけど、どんなに目を凝らしても、星も見えない都会の夜空に、流れ星なんて、見えるはずもない。 「私ね、流れ星の流れる音、大好き」  鈴のようなひかりの声が、夜空に吸い込まれていった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

46人が本棚に入れています
本棚に追加