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1・出会い
人体の中で一番硬いのは、歯だ。
アオイは10年前、わずか5歳でシスターからそれを学んだ。
「……なんだ、このガキ!」
崩れたコンクリートの壁に、茶色のツタが絡みつく。割れたアスファルトを突き破り、頑丈な雑草が顔を出しているのが見えた。
荒廃の香りが強いこの場所に、男の怒声が響き渡る。
その声に、アオイの漏らす獣のような唸り声が混じった。
「このガキ、噛みついて……」
男はのけぞり、バッタのように身を捩る。
それでも、アオイは男の背にしがみついたままだ。
そんなアオイの歯は、男の首筋……脂ぎったその場所に、がっちりと食い込んでいた。
(……痛みから逃げようとすれば、歯はもっと深く食い込む)
だから動かないほうがいい。教えてあげられるものなら、アオイは男に教えてやっただろう。
しかし残念ながらアオイは今、口が離せない。
「畜生! お前……まさか……」
男の罵詈雑言はやがて悲鳴に変わる。
「きゅうけ……」
男の背がえびぞりになったのを合図に、アオイはようやく口を離した。
口の中に苦い鉄の味が広がる。目の前には、首を手で押さえた男が一人。
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