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男が押さえる指の間からどくどくと血があふれている。きっとその傷口は、細い穴だ。5個か6個。規則正しく並んだアオイの、硬い硬い歯の跡。
人は首を痛めると、頭をあげられない。そのことをアオイは知っている。
この男も首を押さえたまま、地面をのたうちまわって罵声を上げるばかり。汚い悲鳴は周囲のコンクリに反響して広がって、まるで動物園に響く動物の鳴き声のようだ。
……アオイは本物の動物園なんて、生まれてこのかた行ったこともないけれど。
(血がついた)
血液混じりの唾液を吐き出し、アオイは地面に落ちている鉄の棒を足で蹴り上げる。
それを見て、男は自分に今から起きることを理解したのだろう。
男の顔色が変わり唇が震える。口にするのは懇願か、謝罪か、罵倒か。
まあそんなものアオイにとっては、どうでもいいことだ。
「襲ってきたほうが悪い」
そしてアオイは手にした棒を男の無防備な背中に振り下ろした。
「ねーえ、その人、死んじゃった?」
不意に響いた声に、アオイの背が初めて震える。
振り返れば、ひび割れたコンクリート柱の下、ひっくり返ったスーツ姿の男が一人。
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