特別

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私は君の“特別”になりたい。 「家くれば?」「行かないよ。」 いつもの当たり前になった会話のやりとりに今日も安心しながら、胸がキュッと苦しくなる。私達が会うのはいつも夜、いつも二人、お酒が楽しく飲める店、気取らない格好。最初からそうだったわけじゃない。私だって最初は意識してた。だけど話すほどに、知るほどに、猛スピードで惹かれていくのがわかった。それを恋というのにはあまりにも軽々しく、人としての考え方や生き方、全てに惹かれた。そんなの初めてだった。それと共に一定の距離から近づくのがこわくなってしまった。私は、君の“たくさんいる中の一人“なんかじゃ嫌で、そんな繋がりならいらなくて。だから君の家には行かない。勇気を出して言った「そのつもりじゃないんだよ。」を君は何事もなく笑った。ホッとして、悲しくなった。それでもまた会ってくれるから余計に想ってしまう、そんなことを知ってか知らずか誘う君は本当に読めなくてそんなところにまた堕ちて、嫌になる。せっかくの酔いも覚めてしまうほどに今日は寒かった。空気が冷える、手が悴む、行き場のないその指先をポケットに入れて君の隣を歩く。その手が繋がらなくったって今隣にいるのは誰でもない私、そんなことで優越に浸る、どこかの知らない誰かに。 他人からみたら私は恋をしているのだと言われるのだろう。否定はしないけど例え私が君“に”恋をしていようと私は君“と”恋をする気はない。恋なんてしてほしくない、いらない、そんな脆いもの。まぁ、そんな奇跡、願ったって起こらないのだろうけど。 例えば君と恋人になれたとしたら、待っているのは別れだろう。私は君に幻滅されたくない、飽きられたくもないし、当り前になんかもなりたくない。私は君の帰りを不安に思いながら待ちたくもないし、しがみつきたくもない。君の飾らない笑顔を、心を、嫌なところやズルいとこでさえも一番近くで見られる、そんな唯一の存在でありたいんだ。 そういえば出会ったのもこんな寒い日だったことを思い出す。急な電車の遅延により駅前のバス乗り場は長蛇の列ができていた。タクシーよりもバスのほうが確実だ、と踏んだ私もその後ろに並んだ。前に並んでいたのが君だった。ふと指先に小さな赤い粒が見えた。またか、こんなときに。職業柄この時期はいつも手がひび割れ、気づけば血を流していることがよくある。仕方なく鞄から絆創膏を出したけれど、まるで逃げるようにそれは指先の間からひらりと落ちていった。「あっ。」と思ったときにはもう君がその絆創膏を拾って私に差し出していて、慌てて受け取ろうと反射的に差し出した指先からは血が出ていることを忘れていてすぐに反対の手で受け取ろうとした。「す、すみません。」君は少し驚いた顔をして、私はとても恥ずかしくて、だけど君からは予想外の言葉がかけられた。「あの、良かったら貼りましょうか。」「いや、そんな…」驚く私の返事を聞く前に君はもう絆創膏の袋を開いていた。「片手じゃ貼りにくいと思うので…はい。」と待ち構えるその手に恐る恐るその醜い指先を差し出すと君は優しくそれを巻いてくれた。変わった人。それからバスが来るまでの長い時間、私達はポツリ、ポツリと世間話をした。会社も家も近く、最寄り駅が同じこと、出身がこの地ではないこと、寒がりなこと、こんな寒い日はラーメンが食べたい、そんな共通点で会話は次第にペースをあげていき、ようやくバスが来ると当たり前のように二人席に並んで座った。そんな出会いから僅か1週間後に私達は再会をする。駅前のカフェで君が私を見つけてくれた。そんな奇跡を願っていた私はあまりの嬉しさにちょっと泣きそうになった。そんな出会いだったから共通の知人もいない、それは良くもあり、悪くもあるのかもしれない。だけど、だからこそ私は君にここまで惹かれたのかもしれない。私は君を君の言葉でしか知らない、君も私のことを私の言葉でしか知らない、それだけで繋がっている二人。そんな出会いからもう一年も経つんだなぁと月を見上げながらぼんやりと思った。 最初はスーツに身を包んだ真面目で爽やか風な君だったけど、少し話せば意外とおふざけキャラで、意外と年上で、優しいけど何考えてるかわからなくて、彼女はいないと言っているけど本当かどうかはわからなくて。だけど、多分モテる、多分女慣れしてる。それでも、とにかく君と話すのがただただ楽しかった。こういうのはもう理屈じゃなくフィーリングだと思っている。話題、考え方、相槌のタイミング、テンポ感、お互いに合っていると思った、すごく心地が良い。でもそれだって君が話上手なだけかもしれない。君にとって私はどうなんだろう。どういう存在で、どういう気持ちで今まで会ってくれているんだろう、でもその答えは怖いから聞きたくない。 多分、私達の今の関係を言葉にするなら「友達」。でも本音を言うとやっぱりただの友達じゃ嫌で、もっと特別な、何かになりたいと思ってる。その関係性に名前がついていなくたって、二人がお互い特別に想い合えていたのならそれだけで良い。でもきっと君にとって私は特別なんかじゃなくて「ただの友達の一人」でしかないんだろう、と悔しくなる。これからどうしたいとか、どうなりたい、どこへ行きたい、とかそんなのは望まないから、ただ君といつもの店で会って話したい、そして誰よりも君を知りたい、私は君の心がほしい。どうして私は君という人間にこんなにも惹かれるのか。どうして君だけが私にとって特別なのか、私自身にだってわからない。出会い方?人間性?もし私達の出会いが、関係性が、違っていたのなら私は君に惹かれていたんだろうか。 私がそんなことを考えてるなんて知らないんだろうな、そう横顔を見上げるとやっぱり君は読めない表情で同じように月を見上げていた。「そういえば…はい、プレゼント。」「何?」差し出されたのは可愛いキャラクターの絵がプリントされた絆創膏のセット。「今年も使うでしょ。」「…この柄、馬鹿にしてる?」「いらないなら貰わなくて良いよ。」「…貰うよ、ありがと。」ボロボロになった手をポケットから出してそれを受けとった。「家、来る?」「行かない、じゃあね。」挨拶代わりになったその言葉を何気なく投げかけて、君はいつものようにまた笑ってひらひらと手を降って帰っていった。 もし私が「行く」って言ったら君はどんな顔をする?君はどんな気持ちでこの絆創膏を買ったの?きっと何でもない顔で、何かのついでで。それでも良かった、君の日常に私が思い浮かんだという事実だけで、それだけで私はこんなにも嬉しいの、悔しいけど。今だけは、私が特別だって、勘違いしたくなる。 ズルい人、優しい人、そういうとこがどうしようもなく好き、悔しいよ、悔しい。だから、近づきたくないんだよ、だから、離れたくないんだよ。そんな私もまた、ズルい人間だね。 月より遠いその後ろ姿に叫びたい。 白い息の向こうで霞む君がまるで嘘みたいで 走り出したいのに足は凍ったまんまで 結局、私は今日も私のまんまで。 でも、それで良かった。そうするしかなかった。 この距離を縮める勇気をまだ私は持っていない。 近づけば近づくほど遠ざかってしまいそうだから。 伸ばしかけた手をポケットの中でを強く握りしめた。 あぁ、私も、君の特別になれたらいいのに。
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