第1話 かわいい子には女装をさせろ

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 ……いや、そうかもしれない。  年上ふたりの心を折る作業は、まぁまぁ楽しかった。  とっくに知っていたが、私は割とSである。  そんな自分のSっ気を再認識した私は、今目の前にナマイキな少年がいることに気付いた。 「タケル。私にそんな口を利いてもいいのか? もし私が助けなかったら、今頃このふたりのオモチャにされていたんだぞ? 性的な意味で」 「性的じゃないってば!」  夏希さんが両手で顔を覆いながら叫ぶ。  いや、下ネタ弱すぎなんでは、二十六歳? 「また下品なこと言う。もういいよ、ミドリとはしばらく口利かない」  ほっぺを片方ぷっくり膨らませ、タケルがそっぽを向いてしまう。  長いまつげが際立つその横顔もまたかわいらしい。 「へぇ、私と口利かないんだ? そんなことできるつもりなのか、タケル?」 「え、どゆこと?」  驚いた顔で私を見るタケル。  口利かない宣言から一分も経っていない。 「朝、誰に起こしてもらうんだ? アラームで起きられるのか? あの優しすぎる知美さん(タケルの母君だ)が起こせたことがあった?」 「う……そんな……」  うるうるお目々のタケルは本当にかわいい。  私の中のSっ気が雄叫びを上げている。 「もし、タケルの隣に私がいないとしよう。学校の連中はそんな隙見逃さないぞ? 女子も男子も獰猛な狼になって襲いかかるからな。私がインフルで休んだ中二の冬の惨劇は覚えているか?」 「お、覚えてる……」  ガクガクと震え始めるタケル。  一緒に休めと言ったのに、クソ真面目にひとりで学校に行ったらえらい目に遭った。  あまりにかわいすぎるタケルは、女子どころか男子の心をも鷲づかみにしているのだ。  中学時代の闇ランキング「お嫁さんにしたい女子」三年連続ブッチギリナンバーワンを達成したのは冗談でもなんでもない。  卒業式のタケル争奪戦を勝ち抜くのは、さすがの私でも骨が折れた(物理的に)。 「謝るなら、早い方がいいかもなぁ」  私はあえて傲慢に言ってやった。  忘れっぽいタケルは定期的に「わからせる」必要がある。 「ご、ゴメン……許して、みーちゃん……」  その呼び方を人がいるところでするな。  とにかく、タケルは白い旗をフリフリ降伏した。  寛大な私はにっこり笑顔を見せる。 「分かった。許そう、タケル」 「みーちゃんっ!」 「ただし、女装しろ」 「ええっ!!」  私以外の三人が声を挙げた。  うちふたりは早くもケダモノの眼だ。 「助けてもらっておきながらナマイキ言ったんだし、罰は必要だろう?」 「それは……そう、かも……だけど……」  人差し指の先同士をくっつけ、いじいじしているタケル。  他のオンナがこんな媚びたマネをしていたら顔面を蹴りたくなるけれど、タケルがすると事情がまるで違ってくる。  今すぐぎゅってして頬ずりしたい。  いやいや、いかん。  今は心を鬼にして罰を与える時なのだ。 「そんなにエグいことはしないから。今から私の部屋に来な」 「う、うん」  諦めたタケルがこくこくと何度もうなずく。  こういう仕草がなぁ~いちいちなぁ~  クッソかわいい!! 「き~まり。じゃ、みなさん、お先に失礼します」  さっと左手をバイトの同僚たちに向けると、右手でタケルの左手を掴む。 「ちょっと待って、ミドリくん!」  私の左腕にしがみ付いてきたのは結子さん。 「なんですか、結子さん。画像は何枚か共有しますよ?」 「えっ、そうなの!?」  タケルが驚いた声を挙げるけどスルーだ。 「共有は大変ありがたいです。いえ、そうじゃなくて」  結子さんが力の入った眼を向け、深刻そうに言う。 「ミドリくんって、かわいい服持ってるの?」  私はすぐに言葉を返せなかった。
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