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第2話 究極の選択なんて無かったの事
「では早速参りましょう専太様」
相変わらずの仏頂面でゲルダは専太の腕に自らの腕を回し引っ張り出した。
生まれてこの方女の子に腕を組んでもらった事の無い専太は初めこそドキリとしたがこのメイド、ゲルダと言う少女の通夜会場で昨日の胡散臭い言動、行動を思い出しふと我に返った。
「えっ、どこへ?」
「決まっています、あなた様が所属する戦隊の基地へです」
「基地!?」
実は専太はゲルダの言った事を全くもって信用していなかった。
この現実にヒーローや戦隊など存在する訳が無いのだから。
もしかしたらゲルダは相当アレな人だとさえ思っていた。
「来ていただければ解ります、さあ車を待たせていますどうぞこちらへ」
アパートの外通路から見下ろすと下には異様に車体の長い黒塗りのリムジンが止まっている。
安アパートの前に高級車、場違いと言うか違和感が半端ではない。
「……スゲェ」
気を取られている内にいつの間に専太はリムジンのすぐ傍まで連れてこられていた。
傍らには燕尾服を着てモノクルを掛けたロマンスグレーの初老の男性が立っていた。
「お初にお目に掛かります私、旦那様の送迎と護衛を担当させて頂きます瀬場と申します、以後お見知りおきを……」
胸に手を当てゆっくりと丁寧なお辞儀をする瀬場と名乗る男性。
「ど、どうも……」
妙に緊張してしまう専太。
こんな目上の人物に頭を下げられる経験など今まで経験してこなかったのだから無理もない。
「さあお乗りくださいませ」
「あ、ああ……」
瀬場に促されるままリムジンに乗り込む、続いてゲルダも専太を押し込むように乗り込んだ。
「……外も凄いが中も凄いな……」
きょろきょろと車内を見渡す。
肌ざわりの良い高級レザーを張られたソファの様なシート、足元は真っ赤な絨毯張り、天井にはシャンデリア上の豪華な照明、正面には大型のテレビが設置されている。
「何かお飲みになりますか? ワインでもシャンパンでもお望みの物をどうぞ」
「冷蔵庫もあるのか!?」
「ええ」
ゲルダがコンソールの蓋を開けると今にも高級そうな瓶に入った酒類がびっしりと詰まっている。
「じ、じゃあコーラで……」
「あるにはありますがそんな安っぽい物で宜しいので? アルコールすら入っていませんよ?」
ゲルダの『安っぽい』のワードに専太の身体がピクリと痙攣する。
「安っぽいとは何だ!! こちとら数か月のまともにコーラを飲んだ事が無いんだ!! それにコーラを馬鹿にするんじゃあない!!」
「……申し訳ございません」
ゲルダが視線を落とし項垂れてしまった。
その様子を見た専太も少し言い過ぎたと思った。
「悪い、怒鳴るつもりは無かったんだ……あまりの価値観の違いについ……」
「いいえ、ご主人様の意向に逆らってしまい大変申し訳ありませんでした、かくなる上はこの私をご主人様のお望みのままに弄んでくださいませ……」
ゲルダはソファシートに仰向けに倒れると目を閉じた。
閉じられた瞼から伸びる長くカールするまつ毛、薄紅の小さい唇……それを見て専太は生唾を飲み込む。
思わず
しかしすぐに今抱いた劣情を振り切るかのように顔を激しく左右に振った。
「ちょいちょいちょい!! 待った待った待った!! 何を考えているんだ!! うら若き少女がそんな事をするもんじゃない!!」
専太は湯気が出るのではないかと言うくらい顔を赤らめ突き出した両手をブンブンと振った。
「そうですね、ご主人様に据え膳を食えるような度胸があるとは到底見受けられませんですしね」
何事も無かったかのように背筋を伸ばし座り直すゲルダ、表情は元の仏頂面だ。
(くっ……この女……殴りたい……)
握った拳を激しく震わせるもそれ以上の行動には出なかった専太。
最底辺んの人生を歩んできたからと言って人に、ましてや女性に手を挙げたら人としてお終いだと常々思っていたからだ。
『着きましたよ旦那様』
遥か前方にある運転席からマイクで後部座席に瀬場の声が届く。
窓の外に視線を移すとそこは昨日専太が来ていた阿久戸の屋敷の前であった。
「もう着いたのか?」
ゲルダの開けたリムジンの後部座席から降り屋敷の敷地に立つ専太。
だがまたしても違和感が彼を襲う。
「なあ、このリムジンの長さでどうやってあの塀に囲まれた狭い路地を抜けて来たんだ?」
全長10m以上はあると見受けられるリムジンで高い塀に囲まれた直角の交差点やカーブをどうやって通って来たのか気になったのだ。
走行中は大きな揺れも無く快適だっただけに疑問が募る。
悪い事にここまでの道のりの走行中はゲルダのちょっかいに振り回され彼は窓の外を見ていなかった。
「……旦那様、世の中には知らない事が良い事もございます」
運転席から降りた瀬場が専太の前で優しく微笑んでいる。
(うわ、何か怖い……)
瀬場から何とも言いようのない不気味さと恐怖を感じ取る専太。
「ご主人様、そんな所に突っ立っていないでお早く、こちらへどうぞ」
「相変わらずのおかしな物言いだな、ぶっきら棒なのか丁寧なのか……」
ゲルダが既に屋敷の玄関前に移動しており引き戸を開け専太を待っていた。
「そう急かすなよ」
専太が小走りで玄関に入るとゲルダは彼の背後に回り込み引き戸を閉め鍵を掛けた。
直後二人の周りを金網状の柵が四方を囲む、ガシャンと重い金属音を立てて。
「ちょっ……!?」
(まさか俺をどうにかするつもりじゃ?)
焦る専太。
これではまるで閉じ込められたようでは無いか。
「これから本部に向かいます」
ゲルダがそう言い終わるか終わらないかの刹那、振動と共に囲われた玄関が徐々に地下へと下がっていく。
「エレベータか? 何だよ脅かすな」
「あら、拉致監禁でもされたと思いましたか?」
(コイツ……)
相変わらず眉一つ動かさない鉄面皮、ゲルダの指摘が一々図星なのが専太には気に入らなかった。
その間もどんどん加速するエレベーター、そして十数秒後に停止、金網が左右に開くと上下左右金属製の無機質な通路に出た。
照明が各所に設置されており全く暗さはない、近代的な壁や天井がより一層際立っている。
「ここは地下200mの地下でございます、さあお進みくださいませ」
「驚いたな、まさかここまで本格的だとは……」
ゲルダに付いて通路を歩く専太は物珍しそうにキョロキョロと通路を見回す。
しばらく進むと行き止まりに到達した、正面の壁には斜めに線と言うか溝が入っている。
ゲルダがその壁の前に立つと壁はその斜めの線の通りに分割されて斜め方向に移動、入り口が現れる。
「ようこそお越しくださいましたご主人様、ここが『有限会社ヒーロー戦隊(仮)』の本部でございます」
ゲルダがメイド服のスカートの両側の裾を両手でつかみ腰を落として深々とお辞儀をすると一斉に部屋内の照明が点き、見た事のない計器類が動き出し機械音を響かせる。
正面の広い壁には何分割にもされた日本各地の景色が映し出されている大きなモニターがあった。
「スゲェ!! 何だこれ!?」
特に特撮ヒーローが好きという訳ではない専太だったがこんなのを見せられて心が躍らない男は居ないであろう。
「どうです? お気に召しましたか? この施設は全てあなた様のものなのですよ」
「そうなのか!? スゲェ!!」
専太の興奮は冷めやらない。
「ではこれからはご主人様は日本の、ひいては世界平和の為にその身を捧げるのです」
「はっ? 何だそれ?」
一瞬にして素に戻る専太。
「お忘れですかご主人様? あなたは阿久戸零左衛門様の遺志を継ぎ戦隊ヒーローのリーダーになってくれるのではなかったのですか?」
「あ~~~そう言えばあんたはそんな事を言ってたな、だが俺はその話しを受けるなんて一言も言って無いぞ? 誰が好き好んで他人の平和の為に命を懸けるんだっての!! こちとらその他人にずっと苦しめられてきたんだ、そんな事をする義理はこれっぽっちも無いし俺自身もする気は無い!!」
「そんな……話が違います」
そう言い放ったゲルダには穏やかながらも言葉には強さがあった。
睨み合う専太とゲルダ。
専太としてみれば勝手に話を進められて迷惑しているしゲルダは彼女の仕事を全うしなければならない、お互い譲れないものがあった。
やがてゲルダの方がゆっくりと口を開く。
「……ご主人様、あなた様は複数の消費者金融に多額の借金がおありでしたよね?」
ギクッ……。
専太の肩が僅かに跳ねる、それをゲルダが見逃すはずが無かった。
「先ほどは借金回収のチンピラのお方にお金をお支払いしましたが払ったのは誰だったでしょう?」
専太の顔に大量の汗が滲み出る、脂汗って奴だ。
「実は既に他の消費者金融の借金も返済しております、この事について何か仰りたいことがおありですかご主人様?」
「ううっ……」
がっくりと膝から崩れ落ちる専太。
床に手を付き四つん這いになった。
「そうです、実はこの時点でご主人様に選択の余地は御座いません、もしそれでもこのお話しをお断りになりたいのでしたら今すぐ耳を揃えて400万円お支払いください」
「おいおい!! 待て待て!! 俺が借りたのは利息も含めて200万円だったはずだ!!」
「そんな筈がある訳ないじゃないですか、私共阿久戸金融の利息は100パーセントですので」
専太は思い出す、ゲルダが昨日言っていた阿久戸零左衛門は強硬で悪どい手段で財を成したと。
十一のサラ金の方がまだましだったのだ。
「ご主人様が零左衛門様の遺言通り動いていただければ何の問題も無いのです、そうなれば借金の返済義務をご主人様が負う事は無いのですから」
「お前!! 嵌めやがったな!?」
「あら人聞きが悪いですね、謀略とおっしゃってくださいな」
仏頂面のままだが口角だけ僅かに上がったゲルダ、俗に言うドヤ顔の類の表情を見せられ専太は激昂する。
「余計たちが悪いわ~~~!! うお~~~!! ドチクショ~~~!!」
血の涙を流さん勢いで号泣し四つん這いのまま床を何度も叩く専太であった。
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