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第3話 出資者は無理難題を言うの事
「一体いつ撫でそんな膨れっ面でいるおつもりなんです?」
「………」
有限会社ヒーロー戦隊(仮)の指令室。
先ほどゲルダにぐうの音も出ない程やり込められた事を根に持ち河豚提灯の様に頬を膨らませ憤慨する専太。
ゲルダと目も合わせようとしない。
「考え方をお変えになってはどうです? 自分で働かずに借金を返済出来たんだと思えばヒーロー戦隊で活動する事など些細なものだと」
「命懸けのヒーローが些細な事だと!?」
だんまりを決め込んでいた専太がゲルダの言葉に反論する。
「ではお聞きしますがご主人様はあのまま借金取りから逃げ続けるおつもりだったのですか?」
「そ、それは……」
「巷では借金の返済が不可能と判断された場合、海外に売り飛ばされたり臓器を売ったりするそうですね、あのままだったら恐らくご主人様もそうなる運命だったのではないのではないですか?」
「ぐむっ……」
又してもゲルダに図星を突かれ専太は言い淀む。
「そもそも借金などせずに地道に働いてさえいればこんな事になっていなかったのではないですか?」
「……お前に何が分かる」
急にドスの効いた声で真剣な眼差しになった専太、常に無礼な物言いのゲルダではあったが流石にこれは失言だったと気付く。
「申し訳ありません、出過ぎた口を利きました……お詫びの印に私の身体をお好きなように嬲って下さって構いませんので」
ただでさえ胸元が強調されたメイド服の襟から胸元に掛けてを大きく開き専太に向けてにじり寄って来るゲルダ。
「ちょいちょいちょい!! どうしてお前はすぐにそう言う方向で謝罪しようとするんだ!!」
慌ててゲルダの両肩を掴み押し返す専太、顔は茹蛸の様に真っ赤であった。
「前のご主人様は何時もこれでご機嫌を直してくださいましたので、おかしいでしょうか?」
「……あのエロ親父め」
通夜の時に見た阿久戸零左衛門の厳つい悪人顔を思い浮かべる。
それと同時に思った、ゲルダは前の主人にも毒舌を吐いていたいたのだろうかと。
それはそれで何と世間知らずなのだろうか。
『誰がエロ親父だと?』
「誰だ!?」
ゲルダと自分以外誰もいないと思っていた指令室に高齢男性と思しき声がした。
指令室内を見渡すが誰もいない。
『ここじゃよ青年』
指令室の壁の大型モニターが突如立ち上がり画面全体に見覚えのある顔がデカデカと映し出された。
「あっ!! あんたはエロ親父!!」
『ほう、本人を目の前にしてよくもそんな口が利けたものだな、だがその無鉄砲な所嫌いじゃないぞ』
そう、何を隠そうモニターに映る男は阿久戸零左衛門その人であったのだ。
アンテナの様に鋭角に折れ曲がった口髭を指で撫でながら専太を睨む。
「ちょっと待てよおっさん、あんたは死んだんじゃなかったのかよ!? 俺はあんたの通夜に出くわしたばっかりにこんな目に遭ってるんだぞ!? さては実は生きていて俺を騙くらかしているんじゃないだろうな!?」
物凄い剣幕でモニターの零左衛門に向かって人差し指を向ける。
『しっかり状況分析も出来ている様だな、それなりに資質は有りそうじゃないか、そうとも儂は三日前に死んだ……いや死んでいるはずだ』
「何だその言い方は!? まるで他人事だな!!」
「専太様宜しいでしょうか?」
「何だよ!?」
ゲルダが横から会話に割込んで来た。
「零左衛門様は確かにお亡くなりになっています、今専太様が会話をしているものは零左衛門様ご本人ではありません、ご本人の記憶と思考パターンを学習させて造られたAIなのです」
「このエロ親父が!? AI!?」
『だからエロ親父は止めろと言うのに……』
眉間に皺を寄せるモニターに映る零左衛門。
「精巧に出来ているでしょう? これらは全て生前の零左衛門様の身体データをスキャンしてコンピューターがCGで再現しているのですよ」
「何だ、本当なのかよ……」
それを聞き急にテンションが下がる専太。
「じゃあ作り物って訳だ」
『そうであるがそうでもないぞ、姿かたちも思考も言動も生前の儂が太鼓判を押すほどの再現度じゃからな、本人と思ってくれて差し支えない』
「技術の無駄使いじゃないのか?」
『うん? 何か言ったか小僧?』
「いんや、何でもないよ」
頭の後ろに両腕を回し目を逸らしながら掠れた口笛を吹く専太。
「零左衛門様、そろそろ本題に入っては如何でしょう?」
『うむ、そうだな……オホン、有限会社ヒーロー戦隊(仮)のリーダーが選出されたという事は儂のオリジナルは既にこの世にはいないのであろうではその者……え~~~』
「広井専太様です」
『おお、そうであったな広井専太』
専太の名前が出てこずに言い淀むAI零左衛門をフォローするゲルダ。
「AIがど忘れするのか?」
「何分生前の零左衛門様を忠実にトレースしていますので」
「あっそう」
あきれ顔でぞんざいな返事をする専太。
『広井専太よ、これから儂が何故この会社を立ち上げたかを語ろう』
「いや、別に聞きたくないんだけど……」
『あれは儂がまだ幼い子供であった頃……』
「聞いちゃいねぇ……」
専太の言葉を微塵も気に留めずAI零左衛門は語り始める。
『儂にはとても仲の良い友がおってな、よくその友とヒーローごっこに興じたものだ、常に儂がヒーロー、友が怪人役だったな』
「きっとあんたの押しの強さで友人に悪役を強要したんだろうな」
『あの頃は実に楽しかった、儂がヒーローになりたいと思ったのはその時の経験が切っ掛けだったのだと思う』
「悪役ばっかりでその友達は嫌気が刺したんだろう?」
『しかしそんな楽しい時間も長くは続かなかった、友が転校してしまったのだ……儂にはその友以外に親しい者がいなかったのでその頃から儂は周囲から孤立していった』
「そうか、それで悪落ちしたと……」
『だが儂は思ったのだ、その友と大人になってから再会するには儂自身が本物のヒーローになっていなければならないと、そうでなければ友も儂を見つけられないのではないかと』
「はぁ? 本気で言ってる?」
『それから元々実家が裕福であった儂は会社を立ち上げ企業経営にのめり込み財を蓄えた、ヒーロー戦隊を立ち上げる為にな、その為なら多少悪どい事にも手を染めたのだ』
「けっ、金持ちの道楽かよ……てかそれって矛盾してないか?」
『しかし納得のいく装備の開発や設備の構築に資金と年月が掛かり過ぎ、気付けば儂は重度の病に身体を蝕まれていたのだ』
「自業自得だな」
『かといって五十年来の夢を簡単に諦める訳にはいかない、そこで儂は考えたのだ……この志を継いでくれる者を探し出しその全てを託すことを』
「で、俺が選ばれたってか? いい迷惑だよ」
『儂に人徳が無いのは自覚している、だから儂は自身の通夜に初めて記帳してくれた者に財産と夢を託すことを決めたのだ、何の関係も無い他人の葬儀に出てくれるような人格の者にならそうしても良いと思ったのだ』
「………」
AIのその言葉にだけ専太はツッコミを入れなかった。
どこか他人事ではない何かを感じてしまったから。
「ぷふっ……」
吹き出すような音が聞こえたので専太がその方向に視線を移すとゲルダが口を押えて身体を震わせており、しかし専太の視線に気が付くとすぐさま姿勢を正し何事も無かったように直立不動に戻った、当然顔は仏頂面だ。
(あいつ、俺とエロ親父のやり取りに笑いを堪えていやがったな? まあ傍から見たら漫才みたいだったかもな)
ゲルダも笑う事があるんだと確認出来少しだけ安堵する専太であった。
『儂からはこんな所だ』
「何か分かったような分かんない様な話だな殆ど共感できなかったし……だが俺にはもう選択肢は無いからな、やれるだけの事はやってやるぜ」
『おお!! そうか!! やってくれるか!!』
AI零左衛門が厳ついながらも満面の笑みをその顔に湛えると背景に大波と紙吹雪が舞う派手な演出が起こった。
「ったく、こんな時だけ俺の言った事が聞こえてるんだな、本当に都合のいいオヤジだよあんたは」
『そうと決まれば善は急げだ、ゲルダよ次のフェーズに移行し給え』
「はい、それではこれより有限会社ヒーロー戦隊(仮)の本部施設をご案内します、専太様こちらへ」
「あ、ああ」
ゲルダの先導で指令室の奥にある扉へ向かう。
自動ドアが開くとまたしても無機質な通路がそこにあった。
そこをしばらく進み更に壁にあるドアを抜けるとそこは学校の体育館程の広さの開けた部屋、倉庫の様な場所に出た。
そこにはフィットネスクラブやジムなどでよく見るルームランナーやベンチプレスなどのトレーニング機器が所狭しと並んでいた。
「ここは戦隊メンバーのトレーニングルームとなっております」
「へぇ、ここをタダで使わせてもらえるのか?」
「はい、もちろん、今やここはあなた様の所有施設ですから」
棚に乗っていた鉄アレイに触れながら専太は目を輝かせる。
健康の為に運動をしようにも今までの様な借金取りから隠れて過ごす生活ではそれが不可能であったから。
それにここまで器具が充実しているジムに通おうものならかなり高額の月謝を払う事になるだろう。
「奥には浴室とシャワールームも完備されております」
「ありがてぇ」
「では次に行きます」
トレーニングルームからドアを抜けると今度は天井や壁の鉄骨が剥き出しの工場の様なスペースに出た。
ここは先ほどのトレーニングルームとは比べ物にならない程広く天井も高かった。
「ひゃぁ~~~、これは又壮観だな!」
何かは不明だが大きな車輪や翼の付いた見た事の無い巨大なマシンが数機いくつも並んでいた、それのどれもがカラフルな外観をしている。
「ここにあるのは作戦出動時に乗り込んで頂くマシンです」
「まるで特撮ヒーローの乗り込むマシンだな!」
「まるでではありません、これは本物です」
「凄いな! あのオッサン、さっきまでのは与太話って訳じゃなかったんだな!」
「信じておられなかったのですか?」
「実物を見るまではな! だが俄然興味もやる気も出て来たぜ!」
専太は拳を握りせめて身体全体を力ませていた。
「それはようございました」
何の感情も込めずにゲルダはそう言った。
「相変わらず冷たいなぁ、さっきは笑いを堪えていたくせに」
「笑っていません」
「いいや笑っていたね!!」
「笑っていません」
押し問答になる二人。
「何だよつまらない奴だな、からかい甲斐がないじゃないか」
頑なに先ほど笑っていた事を否定し続けるゲルダに専太も興が削げてそれ以上追及する事は止めた。
「次は資料室……」
ゲルダがそう言いかけた時、けたたましい音が室内に大音量で鳴り響いた。
『緊急事態発生、緊急事態発生、市内に怪人が出現、戦隊員は速やかに現場へ急行せよ』
機械的な女性の声でアナウンスが流れる。
「何だ何だ!? 一体どういう事だ!?」
突然の事に狼狽える専太。
「専太様、どうやらヒーロー戦隊としての初仕事の様です」
「何だって!?」
「さあ速やかに出動してくださいませ」
ゲルダは専太の背中をぐいぐいと押し、すぐ近くの人一人が入ってやっとという小型のカプセルらしき物に押し込んだ。
すかさず透明な蓋が専太の入って来た入り口を塞いでしまう。
「では行ってらっしゃいませ専太様、御武運をお祈りしております」
ゲルダは専太に対し深々とお辞儀をした。
「ちょっと待てよ!! 戦いになるのか!? 今までいパン人だった俺が戦えるわけないじゃないか!!」
カプセルの窓に手を突き猛然と抗議する。
「申し訳ありません、本当なら戦闘訓練や装備使用のレクチャーを行うはずでしたが緊急事態です、それらは実戦中においおい説明させて頂きます」
相変わらずの鉄面皮で淡々とそう言い放つゲルダ。
目付きが今までよりもきつい感じがした。
もしかするとさっきの笑った笑わないの問答の事を根に持っているのかもしれない。
「そんな無茶な!! おーーーい!!」
カプセルは物凄い速さで上昇を開始、格納庫の天井を抜けて地上へと抜けていったのだった。
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