番外編 ~ 嘘と言い訳

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 すぐに呼び出せるようナースコールを患者の手元に置いてきた成瀬は、踵を返すと野々村の元へと向かう。  彼を松岡と帰らせたのは、今から2時間前。わざわざ逢いに来たのに松岡から すげなくされる姿が昔の自分と重なり『早く決着をつけて来いよ』と、ばかりに二人を追い払った。  最初に野々村と会った時、松岡が彼とけじめをつけずに自分を口説いたのかと思って腹を立てたが、次第に『三十近く離れた若者に追いかけられた』ことへの羨望にシフト。今では『まあ、頑張って』とエールを送るほど達観している。  が、彼らが寄りを戻して野々村の移住が正式に決まった場合、松岡の態度にどんな変化が起きるのか見ものである。彼が敏腕弁護士並みの言い訳を並べて取り繕うんだろうと思うと嘲笑するしかないのだが、先ほどの野々村の様子から『焼けぼっくいに火はつかなかったようだ』と判断した成瀬は新たな疑問に首を傾げた。それは、真夜中に抜け出して自分に逢いに来た理由…… ―――『寄りが戻らなかったのはお前のせいだ』と、恨みでも言いに来たんだろうか?  これについては清廉潔白であることを盛大に訴えるが、「彼を奪わないでほしい」と泣きつかれでもしたら厄介だ。もしそうなったら松岡を罵ってやる――― そう息巻いて休憩室へ踏み込んだものの、背を向けてお茶の準備をする野々村の振り返った顔が花の様に たおやかだったので、当てが外れた成瀬は調子が狂った。 「すみません、勝手に使わせてもらっています」 「構いません。そこにあるもの、ほとんど松岡先生の私物だし」 「コーヒー飲みます? それとも緑茶?」 「コーヒーで。丁度、一息入れたいと思っていたところでした」  すると、野々村は電気ケトルを手に取って二つのマグカップに湯を注いだ。それを手渡されて口に含むと気分が穏やかに、そして先程まで渦巻いていた愚痴が砂に書いた字のごとく消えていった。 「ねえ、成瀬さん?」 「なあに?」 「患者さん、どんな様子です?」 「落ちつきましたよ。バイタルもモニターも問題なくて、さっき尿も出たから安心したところです」  それを聞いた野々村はカップで暖を取るよう両手で包み込み、少しはにかんだ表情を見せてから 「あの時の成瀬さん、凄く場慣れしていて頼もしかったです」 「まあ、経験だけは積んでるんで」 「松岡先生との息もぴったりで」 「1年間一緒に仕事をしてきましたから」 「そういえば、以前同じ病院で働いたことがあったそうですね」  その言葉にコーヒーを飲む手がピタリと止まった。松岡はいつそんな話をしたんだ? もしかして、二人の関係までしゃべった? 「えっと…… D市の医師会が運営していた病院で1年間だけ。もうずいぶん昔のことです」 「『凄くお世話になった。だから、この診療所で再会した時には【地獄に仏】だと思った』って先生が話していました」  成瀬は野々村の顔をじっと見つめた。そして、その奥に潜む真意を探ろうと試みたけれど、彼の微笑みが邪魔をして見抜くことが出来なかった。
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