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番外編 ~ 嘘と言い訳
診察室の時計が午前0時を指した頃―――
成瀬は心電図モニターの波形と心拍数を気にしながらパソコンと向き合い 村の健康診断の取りまとめをしていた。が、隣の処置室で繰り返される寝返りの音に ふと顔を上げた。
――― 慣れない場所で寝つけないんだろうな
重篤な不整脈を起こして担ぎ込まれたその患者は、左腕に点滴のルート確保、胸に心電図モニターを装着されてベッドでの安静を余儀なくされている。今はもう落ち着いているが、明日は総合病院での精査入院を控えているため、少しでも休んだ方がいいと考えた成瀬は隣室へ向かった。
「村上さん?」と名を呼ぶと、横向きの患者が顔だけこっちを向いて訴えるような視線をよこしてきた。
「トイレに行きたいっちゃけど……」
その言葉に胸を撫で下ろした。患者はここに担ぎ込まれてから自尿がなかった。尿が出ないということは全身の機能が正常に働いていないことが疑われるため導尿も検討したが、その必要が無くなったことに安堵した成瀬は起きるのを手伝い、ベッドサイドでの排尿を促した。
「トイレには行けんとですか?」
「歩くのは無理ですよ。慣れないでしょうがここでしましょうね」
「そげなこと、ようしきらん」
「う~ん」と考えた成瀬は、立位ですることを提案した。まず点滴スタンドを移動させて点滴ルートにゆとりを持たせると起き上がるのを手伝う。既に患者衣に着替えているため前をはだけさせるのは簡単で、陰茎を尿器の口を当てたが すぐには出てこない。下腹に力を入れ きばっているように見えるけれど恐らく緊張で⋅⋅⋅⋅⋅⋅ そう思っていたら案の定―――
「じっと見られたら、出るもんも出らん」
「じゃあ、向こうへ行ってますから終わったら教えて下さい」そう言うと、成瀬はその場を立ち去るふりをして仕切りのカーテンの裏で待機した。が、その時である。
「成瀬さん?」と、聞き覚えのある声がして振り返ると、あの野々村が顔を覗かせているではないか。
思いもよらぬ人物の訪問に鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった成瀬を見た野々村は顔を引っ込め、成瀬は患者を気にしながら後を追いかける。そして、診察室で恐縮そうに上目遣いで見つめる瞳に話しかけた。
「どうしたんです? こんな時間」
「お邪魔してすみません。忙しかったんでしょう?」
「患者さんの排尿介助の最中で」
「タイミングが悪い時に来ちゃいましたね」
「隣の休憩室で待っていてもらえますか?」
そう言い残すと患者の元へ戻ったのだが、頭の中は疑問符で埋め尽くされ、危うく尿量を見ずに捨ててしまいそうになったのであった。
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