番外編 ~ 嘘と言い訳

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 恐らく、松岡は自分との過去を話してはいない。追いかけて来た元恋人を諦めさせるために そのような手段を使う性格ではないから。しかしながら、野々村は自分を憎からず思っている松岡の気持ちに感づいている――― そう憶測した成瀬は相手の出方を見ることにした。  そんな思惑を知ってか知らでか、野々村は残り少なくなったコーヒーをゆっくり回しながら おもむろに尋ねる。 「成瀬さんはここへ移住してどれくらいになるんです?」 「今年で8年目…… かな」 「この村の出身だった恋人が亡くなって、寂しさを紛らわせるために来たとおっしゃってましたよね」 「ええ……」 「今はどうなんです? 悲しみは乗り越えられましたか?」  いきなりディープなことを聞くんだな…… と眉を顰めた成瀬だったが、野々村の真意を知りたかったので 「悲しみは乗り越えられず受け入れました。そして、寂しさは紛らわせる術を身につけました」 「身につけたって…… 例えば?」 「新しい生活や仕事に慣れることに熱中して、人と会って話しをすることで気分転換を図って」 「恋愛はしなかったんですか?」  この問いに息を飲む成瀬。脳裡に一人の男の影が映ったけれど、今の自分には受け入れがたい。 「まあ、いずれは……。こんなことを話すのも恥ずかしいんだけど、僕は奥手で初めて付き合ったのがあなた位の歳でした」  そして「ははは……」と笑うと、野々村の表情が驚きに変わった。 「10代の頃は引きこもりで、一発奮起して看護師免許を取って、仕事に就いた先で彼女が出来たんですが、男としても人としても未熟だったんで すぐフラれちゃいました」 「そんな風には……」 「失恋の痛手から立ち直る為に東京の病院に就職してキャリアアップを図って、自分磨きに精を出して。心の中ではいつも「見返してやる」って息巻いてたな」  ああ、俺って嘘つきだ――― と、成瀬は心を痛める。内容はほぼ間違ってはいないが、相手を女性に置き換えた。そう、自分は野々村に恨まれたくない。彼らの恋愛沙汰に巻き込まれたくはなかった。  こうなったら【毒を食らわば皿まで】だ――― そう腹を括った成瀬は、手を首の後ろへ回すとネックレスをはずしてテーブルに置いた。ペンダントトップには銀の指輪が光っていて、野々村がギョッとした表情でそれを見つめる。 「亡くなった恋人の形見です。結婚を考えていたんですが彼女の病気が見つかって。籍を入れることはしませんでしたが、生涯を共にするという意味で身に着けるようになりました。そして、亡くなった時に彼女の指に僕の指輪を。そして、抜き取った彼女の指輪をこうして首に下げているんです」  成瀬が話し終える頃には、野々村の両目に涙が溢れていた。それを零すまいと堪えているようだったが瞬きした瞬間にポトリと落ち、拭っても拭っても溢れてくるので終いには笑い出した。 「ヤバイ…… 涙が…… 」 「野々村さんも色々あったんでしょう?」 「成瀬さんに比べたら……」   「こんな山奥で看護師やってる おじさんもこうして頑張ってるんだから、あなたも元気を出して」 「大丈夫…… その人のこと…… もう吹っ切れてますから」 「ほんとかな?」 「俺…… そこまで のめり込んでなかったし」 「強がっているように見えるけど」 「いや…… マジで…… 大丈夫。すぐに新しい彼、見つけます」 【彼】とか言っちゃって。これって うっかりミス? それとも まさかのカミングアウト?――― と、頭を捻った成瀬は残り少なくなったコーヒーを飲み干したのだった。
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