44人が本棚に入れています
本棚に追加
扉を引き【花もめん】の暖簾をめくった松岡は、通路を行き来する絵里名嬢を呼び止めて「三人だけど空いてる?」と尋ねた。
「あら、先生~ぇ♪ …… と【なるっち】か。そして、後ろにいるのは…… どちら様?」
松岡以外の男たちの存在を認めて少々がっかりした絵理名嬢は「奥のテーブルを片付けるから、そちらへどうぞ」と、彼らを案内する。そして、おしぼりと突き出しを それぞれの前に置きながら見かけぬ顔にチラチラ視線を送った。
「どっちのお知り合い?」
先程ぞんざいな扱いを受けた成瀬が「松岡先生」と、ぶっきらぼうに答えると、当の本人は にこやかに「前の職場の同僚なんだ」と、野々村を紹介した。
「んまっ! こんな若くて美男子のお医者さんが前の職場に?」
「いいえ、僕は医事課の職員です。先生にはすごくお世話になって、休暇が取れたんで遊びに来ました」
「こんな辺鄙なところへ? 物好きっていうか仲がいいんですね」
絵里名嬢に他意はないのに、二人の関係を見透かしされたような気分になった松岡と野々村は視線を泳がせ、成瀬は「僕はノンアルコールビール」と無愛想に告げたあと、向かい側の二人にお品書きを差し出した。
「飲みたい気分なんだけどね~」そう言いながら同じものを頼もうとする松岡に「再会を祝して飲めばいいのに」と、成瀬がシレっと言う。すると、野々村が
「先生、お酒ダメなんですか?」
「いつ急患が来てもいいようにね」
「飲んじゃいけない規則があるわけじゃないんだから、今晩くらいはいいんじゃないですか?」と、冷ややかに告げる成瀬に肝をつぶした松岡は「いやいや、僕もノンアルで」。そして、あてになるものをさっさと決めると乾杯を促した。
「恐らく、今年初めての観光客であろう野々村君を歓迎して」
「そんなに来ないんですか? 観光客」
「来ないね。第一、宿泊施設がない」
「民宿も?」
「ないねぇ……」
「作ればいいのに」
「作っても採算がとれないよ」
「なんかいい方法、ないんですかね?」
そんな二人のやり取りに成瀬が割って入る。
「とりあえず乾杯しましょうかっ!」
いつになく大きく発せられた声に松岡は「すみません」と謝り、三人のグラスが合わさった。
頼んだ料理が次々運ばれてくると、腹が空いていた三人は口を動かすのに忙しくなった。松岡は自分がいなくなった後の病院の状況を野々村に聞きたかったけれど成瀬を蚊帳の外に置いてしまうし、成瀬に話しかけたくても寄せ付けない雰囲気が漂い声を掛けづらい。ならば――― そう思って捻りだしたネタは先程回った村の感想だった。
「野々村君、案内された所で一番印象に残った場所ってどこだった?」
「そうですねぇ……」そう言いながら、枝豆を両手に持ってムシャムシャと食べた野々村は
「廃校になった小学校」
「たくさん写真撮ってたよね」
「可愛いけど哀愁が漂う建物でした。もうすぐ壊されると聞いて沢山写真を撮ってインスタに上げたんですけど……」そう言うやいなや、ポケットからスマホを取り出し画面を開く。
「あ、もう【いいね】がついてる。『取り壊されるなんて可哀想!』ってコメントもありますよ」
そう言うと、二人にスマホを回した。それを食い入るように見つめた松岡は顎に手を当て思わず唸った。
最初のコメントを投稿しよう!