プレシャスデイズ 5 ~ スイセンとつむじ風

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――― 噂には聞いていたけど、SNSの威力って凄いな 「こんなに可愛い小学校が取り壊されると聞いたら、誰だってそう思いますよ。ねぇ、成瀬さん」 「そうは言っても、存続させるには金になる運営ができないと。野々村さん、何か良いアイデアってありませんか?」 「う~ん」 「僕も含めて村人たちじゃ斬新な案が浮かんでこないんです。あなたの様な若くて柔軟な発想ができる方の意見が聞きたい」  成瀬の実直な眼差しに射貫かれた野々村は、再びインスタグラムの写真に目を落とすと――― 「建物もだけど、このだだっ広い校庭に使い道がありそうな気が……。たとえば、雄大な山とレトロ感満載の小学校をバックにキャンプ場とか」  あまり期待をしていなかったのに、野々村が画期的な意見を述べ始めたので松岡は慌てて隣りを見る。それは、成瀬も同じだったようで「それ、いいアイデアかも」と、目を見開いた。 「自分ってこう見えてアウトドア派なんです。この前は完成したダムの傍にオープンしたキャンプ場に行って来ました」 「交通の便はどうでした?」 「キャンプ場だから、みんな車で来てますよ。町から50分、曲がりくねった山道を登り切ったところにあるから、こことそう変わらないんじゃないんですか?」 「どこが運営してるんです?」 「アウトドア用品店。管理棟にはキャンプ用品の有料貸出のほかに販売もしているんで身一つで泊まれるし、清潔で綺麗なシャワールームやトイレも完備しているから初心者でも快適に過ごせると思いました」 「先生」「成瀬君」と顔を見合わせ『ここに村おこしの逸材がいた~っ!』とばかりに頷き合う。すると、野々村は「もし、自分だったら……」と、更に饒舌になった。 「一階の教室には校庭に出入りできる入口がついていたから、雨の日でも利用できるバンガローにして、二階はカフェとバーとお土産コーナーを設置。そこには、ここでしか手に入らないグッズとかお菓子・加工品を並べるかな。あっ、ベーカリーっていう手もアリかも。そして、体育館にはインドアスポーツの施設を。例えば、ボルダリングとかキッズスペースとか。隅に産直コーナーを作って肉とか野菜を販売したら利用する人が助かるでしょうね」 「ねえ、成瀬君?」と、松岡。 「今までの話、メモしておいてね。後日、村長に相談してみるから」 「了解しました」  なるほど、そういう手があったか――― と、目から鱗が落ちる様な思いがした松岡は、自分の考えていた村おこし案を思わず口に出しそうになり、すんでのところで思いとどまった。 ――― このことは、具体化したあかつきに話すとしよう  松岡の案――― それは最初に成瀬が案内した古民家、あそこを旅館として実家を誘致することであった。  現在、実家の旅館は代替わりして兄の長男、すなわち甥っ子が継いでいた。彼は父とは違い革新的な考えの持ち主で、大学卒業後、アメリカでMBAを取得したのち『伝統を守りつつ進化していく』をモットーに、歴代の経営者とは違ったことに着手し業績を伸ばしていた。例えば、東京の駅ビル内に仲居がいる旅館仕様のホテルをオープンさせて話題を集め、高価格にも関わらず連日満室にした。これに気を良くした他の役員が「別の主要都市でも」と勧めたが、彼は「二番煎じは廃れる」と言って首を縦に振らず、新たな事業を模索中だと正月に話していた。  日本でも5本の指に入る老舗旅館が、名もない山あいの村に居を構えるというのはかなりのインパクトだ。しかも、建物は広大な敷地に立つ庄屋の屋敷をリノベーションしたもので、全室スイートルーム。地元で採れる農作物を一流の料理人が腕を振るって提供し、半露天風呂で満天の星空を見ながら入浴できるとなれば、多少交通の便の悪いところでも話題好きの客が来そうなもの。それでも「集客に不安がある」と言われた時には、次なる策を提案するつもりでいた。  それは、豪華バスツアーとのタッグ。  松岡には地方都市でバス会社の重役をしている同級生がいた。地方と言っても年間の輸送人員は約2億人、総走行距離に至っては約1億万kmというかなりの大手。その彼が同窓会でこんなことを言っていた。 「最近、鉄道会社が豪華寝台列車を運行させて かなりの盛況ぶりだ。遅ればせながら我が社もその人気に便乗し【クルーズバス】と銘打って走らせたい」  その企画が通れば社運を賭けたものになり、絶対コケることが許されない。なので、ツアーの宿泊先をあの【○○別荘】が手掛ける旅館を提案すれば絶対食いついてくる。「この企画は成功する」と、もろ手を挙げて喜ぶに違いない。  野々村が帰った後、さっそく例の庄屋の撮影許可をもらい、その画像を甥っ子に送ろう。フットワークが軽い彼のこと、琴線に触れたら すぐさま村へやって来る。その時にクルーズバスの話をして、後は双方に任せよう――― 松岡がそんなことを画策していた時だった。小学校の再活用で野々村と意気投合した成瀬が聞き捨てならないことを口走ったので我に返る。 「ねえ、今なんて言ったの?」 「この村に移住したら? って」 「誰が?」 「野々村さんに決まってるでしょう」 「まさか、うそだろ」 「実は、先生が議会に行っているあいだ 野々村さんと話しをしたんですが、田舎暮らしに憧れてるそうですよ」 「遊びに来るのと生活するとじゃ大違いだから」 「野々村さん、3月で病院を退職したこと、知ってました?」  驚いて野々村の方を向くと、コクンと頷く。まさかコイツ、俺のところへ転がり込むつもりじゃあるまいな!?
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