消えたメロディ、電子の海

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 気持ちが晴れない。Arが聴けないからだ。  帰りの電車に揺れている。窓の外は既に暗い。  何気なく「裂ケル Ar」と検索する。もしかしたら……もしかしたら裂ケルがアップロードしてくれているかもしれないからだ。 「お?」  動画がヒットした。ただ。 「[転載]Ar」  無断転載だった。1000再生くらいだ。  Arが聴けるなら、聴いてもいいのでは?  いや、だめでしょ。  なにがだめなの?  無断転載はだめだ。聴いちゃいけない。  でもネットの音楽だよ? どうせ無料みたいなもんでしょ。  著作権があるだろう。裂ケルに失礼だ。  でも聴きたいでしょ?  ……。  自問自答しながら、そのページで僕は数分固まっていた。  しばらくしたのち、僕は結論を出した。  見ない。  だって、裂ケルは生きているから。  そう信じなきゃ、彼は生きているって信じなきゃ、一ファンとしての名目が保たれない。  SNSを開くと、TLに裂ケルのファンたちの声が並んでいた。 「裂ケルさんは生きている! 絶対!」 「みんな、転載動画を見ないで!」 「ファンなら帰りを待ってあげようぜ」  ぽんぽんといいねを押していく。そんな中で、裂ケルの初期からのファン、カケルさんがこんな投稿をしていた。 「みなさん、安心してください。裂ケルは姿を消してしまいましたが、きっと戻ってくるはずです。大丈夫です。ゆっくり待ちましょう」  僕はハートマークをタップした。カケルさんは裂ケルのファンをまとめる役割をしている。最速で新曲の情報をキャッチするすごい人だ。  カケルさんはすごい。さすが社会人だ。こんなときでも落ち着いている。僕も焦ってばかりいないで落ち着かないと。  僕は深呼吸をする。気づいたら最寄駅で、僕は急いで電車を出る羽目になった。
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