消えたメロディ、電子の海

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 新曲が上がっていた。早速再生ボタンを押す。  ……最高だ。いつも通り、最高だ。騒がしい教室でヘッドホンをしながら、一人思う。  タイトル名はAr。おそらくアルゴンの元素記号だろう。考察班が考察を始めるんだろうな。  彼(彼女?)は裂ケル。テレビなどの表舞台には姿を現さない、インターネットでの作編曲家だ。  裂ケルが活動を始めたのはちょうど一年前。何気なく動画サイトのおすすめに出てきたそれを、僕は再生した。すぐ彼の虜になった。  癖になるメロディは何度も聴きたくなる。機械音声の歌詞は大抵意味のない言葉の羅列で、わけわからないけどそれがまた良い。MVは自作アニメーションだ。これまた歌詞と関係がない。カートゥーン調だけど静かな雰囲気のアニメーションで、とても落ち着く。  インターネット上では結構人気がある。海外からのコメントもちらほら見かける。音源を有料ダウンロードできるようにしたときはファンたちがすごく喜んだんだっけ。僕も全曲買った。  彼の曲に出会ってから、僕は前向きになれた。それまで表面だけの仲良しグループの中でピエロみたいな役を演じていた僕は、裂ケルとの出会いを境に彼らから離れていった。それから電子音楽にどっぷり浸かっていった。  不思議なもので、ヘッドホンをしていると誰も寄ってこない。真っ白なヘッドホンだから、僕の黒髪に映えているのだろう。  ネットにはCDにならない曲がたくさんある。CDにならなくても、素敵な曲はたくさんある。僕はそのことを知ってしまった。  裂ケルがいなかったら、今頃僕はどうなっていただろうか。この素晴らしい曲たちを知らないままだったし、きっとピエロを演じ続けて心が疲弊していただろう。  裂ケルに出会えて、本当に良かった。心の底からそう思う。
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