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採点の発表
#5
試験は終わり、僕たちは最初に集まった会場で、試験の結果を待っていた。
配点はすでに終わっているようだ。
おそらくAIが採点したのだろう。だとしてら、50人の分の採点ならあっという間に終わる。
最近は、ほとんどの採点はAIがするようになった。AIが判断できない回答は、その後、人間がする。
ちなみに、2年前に盛り上がったチャットGTPは、大きな問題(特殊詐欺の犯罪集団に利用された)があることがその後わかり、現在はなりを潜めている。
所詮、機械だ。
善悪の判断はできない。
倫理観だって不確かだ。
その意味では、結局は人間が最強なのではないか、と僕は思う。
数年前、棋士の羽生善治は、AI将棋の落とし穴を見つけた。人間にしかできない将棋はあると、世間を驚かせた。
人間にしかできないことがある限り
僕たちには、生きる価値がある。
客に言えば、それを失った時、
人間は淘汰されるだろう。
ステージの上には、トロフィーが3つ置かれ、金色、銀色、銅色に分けられ、大きさも違う。中でも金色のトロフィーは一段と輝いて見えた。
「圭太ちゃん」
隣に立っているニチカが僕に話しかけてきた。
「もう、圭太が満点なんだからさ、前に出ていれば」
「わかんないよ。僕だって人間なんだから、ケアレスミスしてないとも限らないし」
そう言った後、さっきの試験官のことを思い出す。
「ニチカ、さっきのテスト用紙を喋っていた人、見覚えない?」
ニチカが小首を傾げる。
「そんな余裕ぜんぜんなかったよ。買ったばかりのスペードフラワー モノグラム コスメティック ケースのペンケースの蓋が開かなくて焦ったぁ。え、知ってる人?」
「わかんないけど、なんだか以前、会ったことがあるような気がするんだよなぁ」
その時、会場にBGMが流れ出した。
またしてもビバルディの四季、春だ。
イージーすぎる。
BGMにはもっと気を配ってほしい。僕なら、ヴェルディの凱旋行進曲か。いや、スメタナの勝利の行進曲 第三楽章か。
そんなことを考えているうちに、ステージの上に、黒髭が上がった。
司会者の声が会場に響く。
「それでは準備が整いましたので、これより、2025年度、全国統一模試、決勝大会の結果発表にうつりたいと思います」
音楽が、鳴り止む。
「それでは、10位の方から発表致しますので、名前を呼ばれた生徒さんはステージにお上りください」
誰からともなく、拍手が起こった。
「では、10位。277点。灘高校、草薙謙二さん」
拍手が起こり、名前を呼ばれた生徒が壇上に上がる。
次々と名前は呼ばれていった。
そして、6位が発表された。
ニチカが僕の腕をボンボンと叩く。
メガブーだったからだ。
彼はゆっくりと舞台に上がって行く。6位が満足なのか不満かは不明だが、前回よりひとつ下げているのだから、きっと不満だろうと思った。
しかし、意外にもメガブーは嬉しそうだった。ダイエットにでも成功したのだろうか。
「ではこれから5位から上位者の発表になりますが、先にお伝えしておきます。実は、300点満点が、お2人おります」
会場がどよめく。
「えー、うそでしょ」
ニチカが僕の腕を掴んだ。僕は努めて冷静に振る舞っていたが、内心は動揺した。あの問題に自分意外に満点を出せる生徒がいるとは、正直思っていなかったからだ。
慢心、という言葉が頭に浮かんだ。
「ということですので、1位は2名となります。では第5位は、290点。東京インターナショナルスクール自由が丘、海馬青さん」
会場が再びざわめいた。
前回は10位にも入っていないのだから、名前もおそらく知られていない生徒だからだろう。
しかし、僕は意外ではなかった。彼はギフテッドだ。今回は本気でやると言ったのだから、5位は不思議じゃない。
同じギフテッドとして、僕は嬉しくて、大きな拍手を彼に送った。
そんなブルーは、秘めた喜びを全身で表しているのがわかった。
彼が僕に視線を向けたので、僕は親指を立てて祝福した。ちょっと前の自分を見ているようで、本当に嬉しい。彼はさくらさんに肩を叩かれ、ステージに歩いて行く。華奢な背中だか、誇らしかった。
「第4位は、293点、開成高等学校、乃木山真由美さん」
呼ばれた生徒がステージに上がる。いかにもガリ勉タイプのちょっとオタクな感じの分厚いめがねをかけた女子学生だった。開成高等学校といえば、東大進学率1位の学校だ。面目躍如といったところか。
「では、第3位を発表させていただきます」
会場にドラムロールが鳴り響く。そこまで演出しなくてもと、なんだか恥ずかしくなる。
「第3位は、298点。筑波大付属駒場高等学校、若槻紅月さんです!」
いかにも利発そうな、生徒会長タイプの女生徒が晴れやかな顔をしてステージを上がっていった。
となると。と僕は思った。
さくらさんが10位に入っていないわけはない。
しかし、僕が必ずしも1位とも限らない。ケアレスミスをしている可能性だってある。
頭の中で、今更、試験問題を反芻した。
僕の手をそっと握る温かな掌を感じた。
ニチカの手だとすぐにわかった。
彼女と顔を合わせる。ニチカは僕の顔を見て、小さな声で囁く。
「大丈夫、平野圭太様だぞ」
その言葉に、僕は笑顔を返す。
会場に、アナウンスが響く。
「それでは、同点1位の方、最初の方を発表致します。順不同です。2025年度全国統一模試決勝大会、第1位、得点300点。第一高等学校高校、平野圭太さん」
拍手が会場を覆う。僕の背中をニチカがそっと押し出す。
ほっとした、というのが正直な気持ちだった。
僕が満点を取り、1位になることを誰もが信じてる疑わないような状況で、もし、1位になれなかったら、きっとバッシングが起こるかもしれないとないと、内心、不安だったからだ。
期待されると、期待通りは当たり前になり、期待外れはバッシングされる。
そのプレッシャーを楽しめる人をプロと呼ぶのだろう。スポーツ選手然りだ。
そして、僕にはそんなプロ意識は向いていない。
誰も僕に期待なんかしなくていい。
そうすれば、誰も裏切ることはないから。
ステージの階段を上がりながら、僕はアナウンスの声に耳を澄ませた。
同じく満点が誰か、やはり、気になる。
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