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この世界を救う人
#6
「それでは、もうお一人の1位の発表です。同じく得点300点。東京インターナショナルスクール自由が丘、日下部・ガネーシャ・さくらさん」
拍手が一段と高く響く。僕の時にはなかった歓声も上がる。
ステージの上から振り返ると、ピンクのサリーを風になびかせ、颯爽と歩いて来るさくらさんが見えた。場慣れしている。階段を上がりながら、振り返って手まで振っている。
まるで、女王か主演女優のようだ。
彼女があえてピンクのサリーを着て来た理由は、この瞬間のためだったんじゃないのか、そう思った。
それは、1位になることを確信していたから?それとも、それだけ自信があったのか?
その風に靡くサリーは、今日は私が主役よ、と言っているように僕には見えた。
彼女は先にステージにいた僕の隣に立つ。そして、僕に顔を近づけ、耳打ちした。
「本気出しちゃった」
なんて返していいかわからなかったが、僕はあの日のメールのことを思い出していた。
さくらさんが最初に僕にくれたメールだ。
次回は、本気を出す、と書いていたあの一文。
これまで5年間、1問だけ間違ったのは、本気じゃなかったからということを言いたかったのだろうか。私の実力はこんなもんじゃない。本気になれば全問正解できるのよ、と。
しかし、疑問も湧く。
なぜ彼女は、
これまで本気じゃなかったのだろうか・・・。
頭に浮かんだ仮説はこうだ。
5年間、満点を意図的に取らなかったのは、今日このステージのためじゃなかったのか、ということ。
ずっと一問だけミスをして、やっと全問正解に辿り着く。しかも、IQでは上の僕と並んで1位になる。万が一僕がニアミスをしていたら、彼女が一位になり、もっと盛り上がったことだろう。
こんな劇的な盛り上がりはない。
会場に歓声が上がったのがその証だ。
すべてが、計算づく。
自分のアピールを巧妙に演出し、それが今日、この晴れの舞台で成功した。
おそらく統一模試の季刊誌でも、僕よりも彼女の方が大きく扱われるだろう。
『6年目にしてついに満点!IQ385と並んだ』
雑誌の見出しが頭に浮かんぶ。
判官贔屓。
誰もが、いつ満点を取るかをこの5年間見守っていたかもしれない。学生も、実行委員会も。
それが、今日、叶った。
僕は、ヒール役だったのかもしれない。
考え過ぎかもしれないが、さくらさんの僕を見る目は、すこぶる戦闘的だった。まんざら馬鹿げた仮説とも言えないんじゃないだろうか。
IQ385の人間が満点を取ったとしても、当たり前すぎて誰も驚かない。
普通の高校生がギフテッドに勝つことにこそ、喝采を送るに値する。
『目的のためなら、手段を選ばない。』
無意識に埋め込まれた言葉が頭に浮かぶ。
彼女が・・・マッドブレイン?
まさか。
そこまで考えて、頭から疑念を振り払う。
疑心暗鬼だ。
僕は無理矢理、そう思おうとした。
さくらさんのことはさておき、僕はステージに立ってはっきりとわかったことがひとつある。
僕は、勝ち負けの世界に向かない、ということだ。
たかがこんなテストで1位になることに、どれほどの価値があるというのだろうか。
ほんの一握りの勝者と大勢の敗者が生まれる世界に、僕は馴染めない。
少なくともとそこに属したくないと、はっきりと感じた。
全国1位になって、僕が幸せになったかといえば、実感はない。ほっとしただけだ。
本当は1位なんて、どうだっていい。
1位を喜んでくれる人がいることは確かだが、その人たちのために1位になったわけじゃない。もしそうだとしたら、まったく本末転倒だ。
何かを成し遂げるということは、
こんなことじゃないはずだ。
統一模試なんて、自己肯定感を満たしはするが、所詮、周りからチヤホヤされて自己満足しているだけのものだ。
大学進学には役立つかもしれないし、マスコミに露出が増え、知名度が上がって何らかの報酬が得られるかもしれないが、そんなことに僕は、まったく、興味なんてない。
僕がやるべきことはこんなことじゃない。
IQ385を授けられたのは、テストで1位をとるためじゃないはずだ。
僕は・・・
僕は、
この世界をより良くするために
存在しているはずだ。
ステージの上でトロフィーを受け取りながら、僕は悶々とした気持ちでいた。
嬉々としているさくらさんとは対照的に見えたかもしれない。
もちろん、喜んでいるさくらさんには誰もが好感を持つだろう。彼女こそ、この全国統一模試の申し子であり、アイドルだ。
1位のトロフィーはひとつしかなかったので、僕は彼女に渡した。後で送るとスタッフは言ったのでわかりましたと言ったが、送って来なくて構わないとさえ思っていた。
僕は1位になりながらも、ステージを降りる頃には、すっかりナーバスになっていた。
「なんだか元気ないよ、圭太」
控え室で帰り支度をしている僕に、ニチカが言った。
「そんなことないよ、ちょっと疲れたけど」
「ならいいけど。明日はもあるしね」
彼女はに上機嫌だ。
それは僕が1位だったからではなく、明日、ディズニーランドに行くからだ。
人と争うことに嫌気がさしていたが、ニチカのその無邪気さが僕を癒していた。1位なったことを過剰に喜ばれたら、僕はもっと落ち込んでいただろう。
ニチカがいてくれて、よかった。
彼女は意図せず、僕のメンタルヘルスをしている。
しかし、事はそんなにいいことばかりではない。
僕の名前を誰かが呼ぶので振り返ると、スタッフのひとりが近くに立っていた。
「平野さん、お時間よろしいでしょうか」
「えーと」
ニチカを横目で見る。
「いいよ」
彼女はにこにこしてそう言った。ディズニーランドに行けないかもしれないなんで、その笑顔を見たら、とても言えなくなってしまった。
スタッフ言った。
「10代サミットの打合せで、会長と参加者でちょっと打ち合わせをしたいそうです」
僕は再びニチカを見る。ニチカの顔が曇った。
ヤバい。
「すぐ終わると思うから、待っててもらっていいかな」
そう言った時、ニチカご鞄からケータイを出した。僕のケータイのパイプも鳴っていと。グループLINEだろう。となると、相手はファニーだ。
ニチカがケータイを見て声を上げる。
「ファニー先生、着いたって!もうホテルに向かってるってよ」
曇っていたニチカの顔がパッと明るくなる。
「そしたらさ、先にホテルに行っててもらった方がいいかなぁ。いまからの時間なら夜のディズニーもいんじゃない?」
適当なことを言ってしまったと思ったが、ニチカはちょっと悩んで、じゃあそうする、と言って、早く来てねと、飛び跳ねるように控え室を出て行った。
その姿を見て僕はほっと胸を撫で下ろしたが、明日のことを考えると、心は穏やかではなかった。
スタッフに案内された先は、ホテルの中にある小会議室だった。
ドアを開けるとテーブルがコの字型に並べられ、すでに会長の他、ステージに上がった成績上位者が鎮座していた。さくるさん、ブルー、そして、メガブーもいる。
「あー来た来た。どうぞ座ってください」
会長が僕を座るよう促す。
空いている席に座ったが、偶然にも、ブルーの隣だった。
僕と彼は目を見合わせ、うっすらと微笑み合った。
会長が立ち上がる。
「えーまずは、みなさんおめでとうございます。全国統一模試実行委員会会長の黒田です。無事に1日目を終え、本当にほっとしています。そして、お疲れと思いますが、お時間をいただきありがとうございます」
彼は翌日のイベントの話を始めた。
イベントはテレビの1時間もののスペシャル番組として放送されることや、テスト同様に重要な活動だと力説したが、テスト同様ではなく、テスト以上にだろ、と心の中で突っ込みたくなった。
イベントは、早押しクイズ、AIとの対決など、どうでもいいようなものばかりだったが、最後に会長は僕に視線を向けてから言った。
「実は、予定にはなかったのですが、平野圭太さんの提案で、10代サミット、というコーナーを設けることにしました」
僕の提案!?
いやはや、呆れる。
「では、平野さんから、説明をお願いします」
無茶振りとはこのことだ。何も考えていない。
仕方なく、立ち上がる。
「えーと、10代サミットというのは、僕の提案じゃないですので予め言っておきます。といっても、せっかくの機会なので・・・」
そこまで言った時、頭の中で鍵が外れる音がした。
「いま世界は危機にあります。病の消滅です。この問題に関して僕たちが意見を交わすことはとても重要なことだと思いました。なぜなら、未来をつくるのは、僕たちだからです。病がないことはユートピアなのか、それともディストピアなのか、不老不死は幸せなことなのか、死とは何か。これは老人の問題ではなく、僕たち人類に問われた今世紀最大の難問です。10代サミットでは結論を出すというより、ここに集まっているみなさんと話すことそのものが、社会への提案になるはずだと僕は信じます」
僕の意識は薄れかけていた。
自分が話しているのに、別の場所でもうひとりの自分が聞いているような感じなのだ。
口が勝手に喋り出す。
「全国的統一模試は、勉強ができるとか頭がいいとか、そんな単純なレースで終わってしまってはもったいないと思います。僕たちの脳は、能力は、課題を解決するするためにこそあるものでなければいけない。そのために、10代サミットを開催したいと思います。ここにいる10人の知恵を結集させましょう」
拍手が聞こえた。
最初に拍手をしたのは、メガブーだとわかった。すぐにさくらさんも拍手をし、全員が続いた。
メガブーがなぜ最初に拍手をしたか。
穿った見た方だが、僕と同じ高校だということをアピールしたかったから、というのが正解ではないだろうか。
とはいえ、メガブーは嫌なやつじゃない。
友だちになりたいとは、思わないが。
再び会長が立ち上がる。
「素晴らしいスピーチ、ありがとうございます。では、明日は平野さんをファシリテーターとして、I&I 10代サミットを行いたいと思います。そしてもしこれが話題になれば、インターナショナルなイベントにしていきたいとも思っています。よろしく、平野君!」
僕はすでに我に返っていた。
頭がぼんやりした中、ニチカになんて言おうかと、そればかり考えていた。
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