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「え、支倉じゃん」
バイト先での昼頃、コンビニでレジを打っていた時のことだった。
父親は出張で1週間程不在。
家事をする必要がないこの1週間、俺は出来るだけバイトを詰め込んでいた。
別に家にいたってあの人がいないのだから苦痛なんて感じない。
それでもあそこにいようとは思えなくて、逃げるように、平日も休日も出来るだけ多くの時間をバイト先のコンビニで過ごした。
そんなバイト先は俺の家の最寄りから3駅程離れた、学校からはもっと離れた場所にある。
だからそう声をかけられたとき、俺は目を見開いて声の主を見る。
「…東」
東とはあれ以来いつも通り。
あれ以来プレイも、コマンドも、Glareも使われていない。
それでも俺のストレスは軽減されて、心做しか隈も薄くなっている気がする。
「え、バイト先ここ?」
「…630円でーす」
「おい無視すんな」
電子マネーのコードを出されて、俺は手順通りに決済を終わらせる。
「バイト何時まで?」
「…ありがとうございました〜」
東の言葉にガン無視を決め込んで、俺は商品を差し出す。
「な〜いつまで?」
生憎東の後ろに客はおらず、早く帰れと言う事も出来ない。
「…6時」
「はあ?働きすぎだろ」
「答えただろ。どうぞお帰りください」
つれないなあ、なんて軽く笑って言いながら買ったものを手にコンビニを出ていった。
じゃあな、笑顔で手を振って出ていく様子を見送る。
「友達?」
声をかけてきたのは店長だ。
品出しをして戻ってきたところで俺と東の会話を聞かれていたらしい。
「クラスメイト、です」
「わざわざ訂正しなくても」
ぷっと吹き出す店長を横目に溜息を吐く。
「何、そんな嫌いなの?」
「いや、嫌いというか…」
嫌いというか、何?
自分でもその後をどう繋ごうとしたのか分からなくて、思わず黙り込んでしまう。
「Domだよね?あの子」
「…分かるもんなんすか?」
「お、じゃあ当たり?何となくそうかな〜って思っただけだけど」
店長はSubだ。
けれど、パートナー兼恋人がいるらしく、他のDomの影響は受けない。
Collarと呼ばれるDomからSubへ送られる信頼の証。
一般的なものは首輪だが、店長はその代わりにパートナーから送られた指輪が、左手の薬指におさまっている。
それを、羨ましいと思ったことは無い。
でも、Domに愛され、所有される彼を、ほんの少しだけ羨ましいと思う。
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