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 リュックから家の鍵を取り出して扉を開ける。  ただいま、なんて誰もいない家に向かって言うことはない。  ローファーを脱ぎながらふと足元を見る。  何も無いはずの玄関。  俺は目を見開いた。 「…え?」  小さく漏れた声。  視線の先には黒い、俺のローファーよりも大きいサイズの革靴。  父親のものだ。  何で?帰ってくるのは明日のはずなのに。  日付を間違えているのかとスマホを取り出そうとした時。 「やっと帰ってきたか」  後ろから声がした。  ああ、嫌だ、怖い。  声の方を見たくないのに、目に見えない聞こえない強制力が働く。 「…帰ってくるの…」 「はやく終わったから帰ってきたんだ。明日は結局休みになるし」  早く帰ってくる、なんて考えは俺の頭に全くなくて。  どうしよう、ご飯も何も用意してないし、ほぼ1週間ぶりだから絶対にプレイもさせられる。  内心パニックになって汗が出る。 「お前は帰りが遅かったんだな」 「べ…勉強、してきたので。学校で…」 「そうか」  どこか不機嫌そうにも見えて、それに余計恐怖が募る。 「ゆ、夕飯。すぐ用意します」 「ああ」  頼んだ、とかありがとう、とかそんな言葉も無い。  けれどそれが当たり前で、俺はささっと廊下を抜けて階段を上り自室へ向かう。  部屋着に着替えてからキッチンへ向かって準備を始める。  時間短縮の為に簡単なカレーにすることにした。  震えそうな手を何とか抑えて材料を切って鍋で煮込む。  落ち着け、大丈夫だ。  何も変わらない、たかだか1週間だろ。  何か変わると思っていたわけじゃない、だから大丈夫。  軽く深呼吸して料理に集中する。  そうすれば気が紛れるような気がした。  1時間もしないうちにカレーとサラダを作り終えて、久々に父親と向かい合って黙々と食べる。  味は、正直あまり分からなかった。
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