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「……冷た」
ペットボトルを触った真田さんが呟く。
本当はずっと不安だった。このままただ嫌われっぱなしで口もきいてくれなくなるんじゃないかと思ってた。
江藤ゆみの姿で仲良くなっても、結局騙しているという罪悪感が拭えない。
そばにいて幸せを感じても、いつかこの虚構の関係は壊れると分かっているからどこか切ない。
だから私はお嬢様の宮藤愛姫のままで彼と仲良くなりたかった。
素顔の私で、真田さんとおしゃべりがしたかった。
こんなふうに、喧嘩じゃなく。
嬉しい。
嬉しい。
こんな気持ち、きっと彼は想像もしていないんだろう。
張り詰めていた糸が切れたみたいに、体から力が抜けていく。
あれ……?
「これ、届けてくれたのはありがたいけどもうそろそろ行けよ。俺は人と会う約束があるから急いで──」
真田さんが何かしゃべっている途中で、私の手から日傘が落ちた。
驚いた彼の顔が視界から外れる。
ヤバい。本当に力が入らない。安心して、気が緩みすぎた。貧血?
目の前が暗くなる。
「お嬢!」
ハッと気がついた時、真田さんの凛々しい顔が目の前にあった。
ひまわりが私の体で潰れそうになる寸前、真田さんが私を抱き止めたみたい……。
って、うそっ、違う意味で気絶しそう……。
「顔が赤いな……熱中症か?」
「な……んでもない……」
「何でもないわけないだろ、意地張るな」
真田さんは私をお姫様のように抱っこした。
高すぎてコウモリしかキャッチできないような悲鳴が出そうになる。
何が起きてるの?
夢なのか現実なのか分からない。
真田さんが、私を──抱っこするなんて。
「涼しいところに連れていくから、おとなしくしてろ」
真田さんが私を抱いたまま早足で歩いていく。
強くて優しい力。
ギュッとされるたびに、私の心臓が止まりそうになった。
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