約束の一日

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 裏庭から正面玄関へと、真田さんは私を抱いて移動する。 「……どうして俺の心配してたあんたの方が先に倒れるんだよ」  真田さんのため息まじりの声が近い。  ドキドキしながらその声に耳を傾けた。  ただの貧血だと思う。少し休めば歩けると思う。  でも、彼の腕の中が居心地良すぎて、少しでも長くこうしていたいと思ってしまう。  土の匂いに混じって真田さんの匂いがする。初めて、嗅いだ。初めて、こんなに近づいたから。  幸せすぎて、頬が緩みそう。  ずっとこのまま時が止まったらいいのに。  だけど、ふと見上げた時に見た真田さんは険しい顔をしていた。  太陽の沈んでいく方向に目を向け、わずかにため息をつく。  彼の焦りの理由を私は誰よりも知っていた。 「ごめんなさい、もう大丈夫だからその辺りの日陰で降ろして」  私は玄関ポーチの手前の木陰を指定した。 「何でだよ、もうすぐ建物の中に入れるのに」 「時間がないんでしょ、早くひまわりのところに戻って」  真田さんは驚いた目で私を見た。 「何のために朝から休まず働いたの……? あなたはこんなことをしている場合じゃないんでしょう」  戸惑いのためか、彼の歩くスピードが遅くなった。  「私なら大丈夫よ。矢野がすぐに見つけてくれるわ。だから、早くそこに私を置いていって」 「お嬢──」  彼が止まったら降りよう。  そう思ったのに、彼は再び玄関の方へ勢いよく歩き始めた。 「何してるのよ、バカっ……放して……!」 「暴れんな、病人置いて今更戻れるか」  真田さんがギュッと私を抱きしめるから、私は心臓破裂で死にそうになる。 「私は病人じゃないわ、ただの貧血よ……」 「悠がいつも俺に謝るんだ。悠の病気が悪化して、俺が仕事を途中で切り上げて帰ったりすると……」  ──ごめんね、兄ちゃん。ぼくは兄ちゃんの足手まといだよね。  泣きそうになるのを必死で堪えてそう呟く、悠くんの顔が浮かぶ。  ──ぼくがいなければ、兄ちゃんは働くこともなくて家で何でも好きなことができるのにね。
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