金なんかいらねえよ

1/3
前へ
/159ページ
次へ

金なんかいらねえよ

「てめえは──真田(さなだ)……!」  真田?  ゆっくりと振り向いて見た、彼に対する私の印象はこの一言だった。  ……誰? この「(きったな)い」人。  着ている黒のパーカーもジャージのズボンもボロボロでヨレヨレ。どんな繊維を使えばその服が作られるのかが分からない。  髪は散髪を忘れているかのようにボサボサで、目は死んだ魚のよう。背丈だけは立派だ。172センチの矢野より5センチ以上高く見える。  けれども、私が呆れるほどの「汚い」人を一目見て、私を囲んでいた不良たちは皆一様に顔色を変え、動揺していた。  彼らの誰かが呟いた言葉が耳に入る。  ……あいつ──前工(マエコー)の。  前工というのは私がこれから通おうとしている前田工業高校の略称だと思われた。彼は在校生なのだろうか。 「邪魔だって言ってんのが聞こえねーのか。こんなところで女相手にカツアゲなんかしてんじゃねーよ」  真田と呼ばれた人は面倒臭そうに頭をかいた。私は思わず避ける。何か白いものが飛んできそうだったからだ。 「てめえ──こないだはウチの後藤をよくも病院送りにしてくれたな! あの時の借りを返させてもらうぜ!」  集団の誰かが粋がったことを言い、また別の誰かが「よせよ、あいつだけは」と日和ったことを言う。  そんなやり取りにうんざりしたような顔をした真田が、私の横をスッと通り過ぎ、面倒くさいとばかりに彼らの一人の胸ぐらを捕まえた。 「……夜勤明けで疲れてんだ。グダグダ言ってねーで道あけろって言ってんだよ」  真田に胸ぐらを掴まれた不良は、顔面蒼白になって足をガクガク震えさせている。  なんて野蛮な。  この人も不良という輩に違いない。問答無用で暴力を振るうなんて、人としてあり得ない。  そう思った時、汚い背中が呟いた。 「……何やってんだ。今のうちにとっとと行けよ」
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加