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兄想いの悠くんが言いそうなことだ。
今も苦しんでいる悠くんのことを思うと胸がチクチクする。
悠くんの気持ち、今なら痛いほど分かる。
好きな人の足枷に、自分がなってしまっているのは辛い。
だけど真田さんはそんな私や悠くんの気持ちをちゃんと受け止めていた。
「その時思ったんだ。心だって体だって、病気にかかった本人が一番辛いんだって。あいつや今のお嬢に比べたら俺は何も辛くない。好きなことだって、やれる範囲でちゃんとやってる。だから謝ったり変な遠慮したりするな」
強くそう言い切った真田さんの澄んだ瞳に、私は釘付けになった。
「俺は病気でしんどい思いをしている奴を置き去りにはしない。絶対にだ」
キュンと胸が疼く。
真田さんにはどこまでも嘘がない。
だからこんなにもまっすぐで強い。
嫌いなはずの私にさえ、病気にかかれば公平な態度を取ってくれる。
涙が出そう。
彼の優しさと温かさに包まれて、幸せで胸が震えている。
やっぱり私、真田さんが好き。
好きだって伝えたい……。
「真田さん……」
溢れる思いを正直に舌の上に乗せようとした。
その時だった。
「姫!」
玄関ポーチから矢野が飛び出してきた。
真田さんに抱っこされている私を見つけて、矢野の目の色が変わる。
それは怒りを表していた。
「……汚い手で触らないでください」
真田さんは足を止めた。
「矢野……!」
私は非難の目を矢野に向けた。
体が素早く動くならすぐに矢野の前に行き、真田さんへの非礼を詫びさせていたに違いない。
けれども、今の私は無力だった。
そして矢野は、いつもと何かが違っていた。
「返してください。その方は俺の──大事な姫です」
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