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執事失格
「えっ……?」
今、何て……?
真剣な矢野の瞳が私を見つめている。
見つめ返していると何故かドキドキする。
どうしたの、矢野。
様子がおかしい。
「やっぱり、そういうことか」
真田さんが呟いた。鈍い彼でも何かに気づいているのに、私はまだ混乱していた。
「姫、部屋に戻りましょう」
取り繕うように、矢野は笑みを顔に貼り付けた。
「いけませんよ、真田さんのお仕事の邪魔をしては。貧血のフリだなんてわざとらしい演技までして」
「いや、俺にはそんなふうには──」
「演技です。そうでしょう、姫」
有無を言わせない笑顔だった。
真田さんの顔を見上げると、真田さんも私の視線に気がついて目と目が合った。私の心を確かめようとするような眼差し。
邪魔をしちゃいけない。
それはさっきまで私が思っていたことだ。
それなのに、この距離を宝のように思っていたことがふと突きつけられる。
やだ。離れたくない。
「……真田さん、私」
「はいはい、もうわがままはおやめください」
すみませんねえ、と言いながら、矢野は真田さんから私を受け取った。
「うちの姫が、失礼しました」
一瞬、刺すような瞳で矢野が真田さんを見た。
それから、私を抱っこしたまま真田さんに背を向ける。
私は真田さんがどんな表情をしているのか気になったけど、矢野の肩に阻まれてそれを見ることができなかった。
「ちょっと、矢野……! 何で邪魔するのよ、せっかく真田さんが私を運んでくれようとしていたのに……」
屋敷の中に入ってから、私は矢野に文句を言った。
矢野は私の言葉を無視してシャンデリアのホールを抜け、半螺旋の階段を上っていく。
「何とか言いなさいよっ、バカバカっ……」
「バカにバカと言われたくありません」
私の部屋に辿り着くと、矢野は私をベッドの縁に座らせた。
まだ体がくたっとなる。
そんな私を矢野は真正面から見下ろした。
「また主人をバカにしたわね。なんて執事なの? もうクビよ、クビ──」
ベッドが少し揺れた。矢野が突然、私の太ももの真横に片膝を乗せたからだ。
驚いて固まった私を、矢野はそっと愛おしそうに抱きしめた。
「あなたの言う通りです」
耳元で矢野の声。
「私は、執事失格です」
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