執事失格

2/2
前へ
/159ページ
次へ
「や、矢野……?」  体に力が入らない。  矢野に抱きしめられているけど、抵抗できない。  いつもだったらふざけないで、ってすぐに突き飛ばせるのに。  矢野はいい匂いがする。  真田さんとは全然違う、綺麗な花のような香り。  私の好きな匂いだ。彼は私を熟知している。  小さい頃から、私の好きなものは何でも。 「主人にこんなことをしては、やはりクビですかね」  おでこがくっつく。  頭がボーッとして、何も考えられない。 「姫……私ではダメですか……?」  矢野が言った。  私は驚いて彼を見つめた。  視界いっぱいに矢野の顔。よく知っている顔のはずなのに、初めて見る人のような気がした。 「な、何言ってるの……?」 「あんな男は忘れて、俺にしろって言ってるんです」 「ど、どうしたの? 急に……」  俺だなんて。矢野じゃない。  この人は誰なんだろう。  いつもの矢野はどこへ行ったの……?  不安で胸がいっぱいになって、息が苦しくなった。  そんな私を、矢野は再び抱きしめた。   「あなたには俺がいます。これからもずっと、あなたのそばにいます。だから──行かないでくれませんか」
/159ページ

最初のコメントを投稿しよう!

94人が本棚に入れています
本棚に追加