告白

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告白

 ひまわりの苗を真田が植え終わったのは、江藤ゆみとの約束の時間の十分前だった。  最後の一時間は記憶がない。ほとんど無意識でロボットのように作業していたからだ。  振り返って花壇を見て、きちんと植えられていることに自分で驚いたくらいだ。  着替えている暇はないなとすぐに判断して、土がついたままの制服で裏庭を飛び出す。  ここから近くの公園まで、何分かかるか計算したことがない。  間に合わないかもしれない。  だがそれはもう何度も考えたことであり、真田の足を止める言い訳にはならなかった。  ただ一つだけ彼の心に引っかかっていることがあるとするなら、それは。    花壇に残されていた白い日傘。  冷たく冷えたペットボトルの水。吸水性のいいタオル。  倒れた愛姫と、それを迎えに来た執事。  切れ切れになった記憶の断片が、作業から解放された今になって夏の雲のように彼の中に湧き上がる。  最初から、真田にとっては何か違和感のある二人だった。  あの二人に彼が初めて会ったのは夜勤のバイトの工事現場だ。  その時から、愛姫は変だった。  初めて会ったのに、彼女はまるで知人に遭遇したかのように親しげに声をかけてきたのだ。  あの時は真田がイラついていたせいか邪魔者のようにしか思えなかった。  貧乏人を物珍しさで見物しにきた世間知らずの金持ち──そんなふうにしか思えず、嫌悪感しかなかった。  現場を奪われ、仕事を無くした時にはあいつらのせいだと何度も恨んだし、ホストにまで落ちぶれた自分を笑いに来たと思った時は本気で激昂した。  大嫌いだった。  だけど、今は彼女のおかげで悠は生きている。    自分も、生きている。  信号機が赤になると無意識に足が止まる。  不思議なものだと真田は思う。  いつの間にか、体が勝手に公園の前まで自分を運んでいる。  交差点を抜けた先に密集した木々の枝が迫り出しているのが見えた。  電球の切れかけた街灯の下に、黒い車が一台停めてあった。  信号が青になる。  真田はまた走り出す。
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