金なんかいらない

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金なんかいらない

「わああああっ!」  潰れたような悲鳴をあげて、リョウさんが後ろに吹っ飛んだ。エレベーターの中にいた誰かの長い足が彼を蹴り飛ばしたようだ。  その拍子に、私はバランスを崩した。 「姫!」  尻餅をつきそうになった私を、聞き覚えのある声が抱き止めた。 「大丈夫ですか、姫」 「……矢野?」  二重にぼやける視界の中で、懐かしい私の執事が安堵の笑みを浮かべていた。 「おやおや。だいぶ酔わされてしまっているようですね。これでは雅臣様に叱られてしまいますよ」 「矢野……どうしてここが?」 「説明は後です。それよりも、姫を誘拐した者共を抹殺しなくては──我々の気が収まりません」  矢野の瞳がスッと冷たくなる。  中世のヨーロッパだったら吸血鬼と間違えられるほどの殺気だ。  っていうか。 「我々って……?」  尋ねた瞬間、私の背後を誰かが通り過ぎた。  その人は、怯えて尻餅をついたまま這うように逃げるリョウさんを追い詰めるように彼の前に進んでいく。  颯爽とした大きな背中。肘まで捲り上げたシャツの袖には泥がついている。 「てめえ、ナメた真似してくれたな。よくもうちのお嬢を」  お嬢、という声に私の胸が震えた。 「さ、真田……! 何でお前がここに!」    真田さんだ。  真田さんが、私を助けに来てくれた……。  信じられない。涙が出ちゃう。 「ブッ殺されても文句は言えねえな!」 「格さん、やっておしまいなさい」 「誰だお前は」  矢野のボケに秒でつっこむ真田さん。いつの間にか二人がいいコンビになっている。  これは夢?   私は既に眠りに落ちているんじゃないだろうか。  だとしたら、すごく幸せな夢だ。  胸熱だ。    
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