金なんかいらない

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「や、矢野……? どうしたの、矢野……!」  はあはあ、という荒い息遣いが矢野に気を取られていた私の前に迫る。  見上げるとそこには、カラオケの曲をリクエストする機械を両手に持ったカラオケ店員の男がいた。  あのカウンターでずっとおどおどしていた人だ。  しかし、信じられないことにこの人が今、その手に持った機械で矢野を殴り倒したのだ。 「宮藤……愛姫……。本物の、宮藤グループのお嬢様……!」  彼は機械を投げ捨てると、私の腕を首の後ろに回して私を立たせようとした。 「姫……!」  矢野が頭を押さえながら私の方へ手を伸ばしたけど、その手が届く前に私は男に拉致された。彼は私の足を半ば引き摺るようにして従業員用のドアの方へと向かう。 「な……何するんです、かっ?」 「黙れ。こんなチャンス滅多にないんだ」 「チャンス……?」  彼の目は血走っていた。  怖い。  狂ってる。  本物の犯罪者の目を見てしまった。  助けて。  声が出ない。  真田さん。  矢野。  攫われる……。  目の前の景色がぼやける。
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