金なんかいらない

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 睡眠薬が効いてきてうまく歩けない私に、誘拐犯の男はイラついている。 「さっさと歩けよ! さっきの奴に追いつかれるだろ!」 「どこへ行く気ですか……」 「知らねえよ、とにかくここから出るんだよ」  エレベーターの下は騒がしいゲーセンでまだ多くの学生がいた。人目を避けて逃亡するためなのか、従業員用の通路を通ってショートカットした廊下の先の、別の出口の方へと男は向かっているようだった。 「阪口? どうしたその子」  すれ違った他の従業員が私たちを見つけて声をかけてきたけど、阪口と呼ばれた男は「ただの酔っ払い。外の空気を吸わせるんだ」ともっともらしいことを言ってやり過ごす。  私が学生服を着ていたせいか、誰も私が誘拐されかけている資産家の令嬢だなどと気付いてない。  このままでは本当に逃げ切られてしまう。  廊下の突き当たりの非常階段のドアが見えた。男がスピードアップする。  その時だ。 「お嬢!」  私の背後で真田さんの声がした。 「クソッ、あいつもう来やがった。あのクソガキども、態度ばっかデケえ割に役に立たねえな」  言葉遣いも荒くなった男が、ドアを背にして私の首を自分の腕に挟み、そのままプロレスの締め技みたいに私の首をガッチリと締めた。思った以上の腕力だった。  苦しい──。  生まれて初めて、命の危険を感じた。  今にも息が止まりそう。 「お嬢!」  真田さんが怖い顔で近づこうとする。 「動くな! 動くとこの女、殺すぞ!」  男の言葉で、この仕打ちは真田さんを牽制するためのものだったのだと分かった。  
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