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「クソッ!」
パトカーの音を聞いて自棄になったのか、店員の男は私を突き飛ばして真田さんに殴りかかって行った。
喧嘩慣れしていないと思われるその男が、真田さんに敵うはずがない。繰り出した拳を軽くかわされ、足を払われて倒れ込んだところを簡単に取り押さえられていた。
矢野から借りたネクタイで真田さんが男の手首を後ろ手に縛り上げ、首を軽く絞めて気絶させると、矢野が頭を痛そうに押さえながら「お見事です」と言った。
「大丈夫なのかお前」
「ちょっとフラフラするので、病院に行ってこようと思います。心配はいらないと思いますが、念の為検査を」
矢野は真田さんを見て少し表情を和らげた。
「姫のことをよろしく頼みます。きちんと宮藤邸に連れ帰ってくださいよ」
「ああ」
矢野の背中を少しの間見送ると、真田さんは床に今にも頭をくっつけそうなほど脱力していた私のそばに駆け寄った。
「大丈夫か、お嬢」
「真田さん……」
私は、多分、彼に向かって手を伸ばした。
そうしたら、真田さんは私を優しく抱きしめてくれた。
江藤ゆみじゃない、宮藤愛姫としての私を。
幸せすぎて、気を失ってしまう。
その前に言いたかったこと。
何かあったはず。
私は必死で意識を繋ぎ止めようとした。
そして、あの言葉を思い出した。
ごめんなさい。それから、
「……好き……」
ちゃんと伝えられたのかどうか自信がなかった。
ここから先は、夢と現実が曖昧になる。
もう既に夢だったのかもしれない。
私にとって、最高に都合のいい夢。
だって、真田さんはこう言った。
「……俺も」
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