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私はフラフラしながら立ち上がった。
真田さんは膝をついた姿勢のまま、私を見上げる。
「何だ?」
「あっ、あっ、あっ、あの……」
昨日の記憶が曖昧な部分の再現をしてほしい。
矢野のいない今こそがチャンス!
私は両手で顔を隠しながら、勇気を出して言った。
「昨日みたいに……きしめてください」
「え?」
「だ……てください」
だめ、言えないいいい……!
抱きしめて、なんて私の口からはとても言えない!
頭から湯気が出て爆発しそう。
「ごめんなさい、やっぱり何でもないです……」
顔を隠していた手を下ろそうとしたその時、真田さんが立ち上がって私を抱きしめた。
「……こうか?」
スーツの下の逞しい腕が私の頭を優しく自分の胸に押し当てる。
今度こそ死ぬ。
真田さんの胸にぎゅっと抱かれていると、息が止まって昇天してしまう。
「く、苦しい……」
「悪い、強すぎか。力の加減がいまいち分かんねえから」
「ううん、そうじゃなくて──真田さんが……好きすぎて苦しいの」
言っちゃった。
心臓が破裂しそうなほどドキドキする。
私が苦しいって言ったから離れかけたけど、まだ体同士で向き合っている。顔を上げたら、すぐそばに真田さんの力強い眼差しと高い鼻と綺麗な形をした唇がある。
これも欲しいって、わがまま言っちゃいそう。
ドキドキしながら見つめ合っているうちに、凛々しい表情の真田さんの唇が本当に近づいてきた。
ひゃあああ、と震えながら私は目を瞑った。
その時。
ブブブブ、とどこか近くでバイブ音がした。
「あ。そういえば、今日はこれを持っていろって言われてたんだった」
「あっ! それ……!」
真田さんがスーツの胸ポケットから取り出したのは、私の変装用メガネだった。するとそこから地獄の使者のような声がした。
『姫』
矢野、だ。
一気に頭が冷静になった。
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