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「何です? その偽善者っぽくて鼻につくセリフは。そんなこと言う奴が目の前にいたら私だったらワンパンかましてやりますよ」
「あなたに聞いたのが間違いだったわ」
質問して二秒で後悔した。
「冗談ですってば。一体、誰がそんな馬鹿なことを姫に言ったのです? この矢野に教えてくださいませ」
冗談とは思えないことを言いながら、矢野が私の隣に座る。
私は一週間前の出来事を彼に聞かせた。
「なるほど。道端で不良がカツをあげていたのでお金を払おうとしたら真田という不良が現れて『金なんかいらねえよ』って助けてくれたのですね──ってわけが分かりませんよ。なぜ不良が姫にカツを? カツも油もないのにですか?」
「そうなの。わけがわからないのよ。だけど……」
私の手を掴んでまっすぐな瞳で見下ろしてきたあの人の顔が浮かぶ。
「あの人のことを思い出すと……なんだかこう胸がキュン……みたいな、しめつけられるような感じになるのよ……。そして気がついたらため息が出ちゃうの。どうしちゃったのかしら、私」
「姫、それは……」
矢野が一瞬真顔になった。
「おそらくそれは新種のウイルスによる精神攻撃を受けたせいでしょう。あまりにも汚い人間に近づくと、姫のように穢れない魂を持った人間は傷ついてしまうことがあるのです」
「本当?」
「ええ。ですからその男には二度と近づいてはいけません。危険ですからね」
矢野は賢い。彼の言うことはほとんど正しい。
けれども、何故か私は首を縦に振ることができなかった。
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