汚い手で触らないでください

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汚い手で触らないでください

「邪魔だなんて……そんな! せっかく会えたのにー!」  あまりにも冷たい反応に、私がギャン泣きしそうになった時だった。  「おい、誰だ真田、このえらい綺麗なお嬢さんは」 「さあ?」  仲間のおじさんから問われた彼が「知らねえよ、こんなヤツ」と迷惑そうに吐き捨てるのを聞いて、私はさらに泣きそうになった。 「覚えてないんですか? 私です、一週間前に不良から助けてもらった──」  彼は私の言葉を無視して、運んできた砂を凸凹の地面に撒き、均し始めた。その煙が風で飛んできて、私の目を潰す。 「ごほっ、ごほっ」 「そこにいたら邪魔だって言ってんだろ」  また怒られる。彼は私のことを完全に忘れているようだった。  どうしてだろう。まだ一週間しか経っていないのに。  そこでハッと私は閃いた。  そうか、あの時の私は地味すぎたから……同一人物だと気づいてないんだ。  それしか考えられない。ならば、あらためて自己紹介をすればいい。 「あの……今はこんな格好してるけど、実は私──」 「いい加減にしろよ、作業中だってのが分かんねーのか!」  彼は怒鳴りながら私を睨んだ。  死んだ魚の瞳じゃない。あの時も一瞬見せてくれた、真剣に働く男の鋭い眼差しだ。  私の胸がまたズキューン! と痺れる。キュンキュンしすぎて死んじゃうかと思うほど。  私を殺しかけたことにも気づかない様子で、彼は砂がついて汚れたヘルメットを頭に乗せた。 「さっさと消えな。ここはあんたみたいな金持ちのお嬢さんが来るような所じゃねえんだよ」 「あなただって……学生でしょう? 何故こんなところで汚い格好して働く必要があるの?」 「……こんなところで悪かったな」  汚い作業用手袋に包まれた拳を握りしめ、彼は悔しそうに呟いた。 「あんたには一生分かんねえよ」
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