神田川作戦、発動

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 銭湯という名の公衆浴場があることも、私は初めて知った。  お風呂といえば源泉かけ流しの露天岩風呂とか、全長10メートルの檜風呂とか、ジャグジー付きの泡風呂くらいしか想像できないけれど、私の目の前にあるのは高い煙突が一本突き出た瓦屋根の小さな日本家屋。とても中に立派なお風呂が入っているとは思えない。  紺色の暖簾にはゆづの湯と書かれていて、木枠にガラスをはめ込んだ横スライドの戸を開けたその先にはおじいさんが一人、受付のテーブルでコックリコックリと船を漕いでいた。  真田陽は休日の朝にここへ訪れる頻度が高い、ということだった。  そして彼はつい三十分前、本当にここへやってきて、あのおじいさんに入浴料を払って中に入ったことが既に確認されていた。あとは出てくるのを待つばかりだ。    ああ、ドキドキする……。  たったの一分が五分にも十分にも感じられる。三十分前に入ったということだから、入浴が短ければすぐにでも彼が出てきてもおかしくない。  私が声をかけたら彼はどんな反応をするだろう。 「また会えて嬉しいよ」なーんて言ってくれたりして⁉︎  キャーッ♡と一人で盛り上がっていた私の背後で、突然、ガラス戸がガラガラと開く音がした。  びっくりして振り返ると、そこにはまだ少し濡れた感じの残る黒髪の、背の高い若い男がいた。  見違えるほどさっぱりと綺麗になった真田陽──その人だった。  来た──っ!!  私はパニックになって、風呂桶をガシャーン! と落とした。 「あっ、あっ、あの……」 「……?」  彼が私の方を見た。  ドキ──ン!! と心臓が跳ね上がる。  だって、仕方ない。  私は今まで彼の汚い姿しか見てこなかったのだ。それなのに突然目の前に現れた彼は、工事現場で泥に塗れていたなんて想像もできないくらい艶のあるしっとりとした黒髪で、少し日焼けした健康的な肌を上気させ、ほのかに石鹸の匂いをさせている。  どうしよう。  改めてよく見ると、めちゃくちゃカッコイイんですけどこの人!!  
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