お友達になってください

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お友達になってください

「……落ちたけど」  彼が落ち着いた声で指摘した。 「えっ? な、何を……?」  恋? 恋に落ちた? もしかしてこれが恋ってこと? はい、落ちました、恋です! 「いや、風呂桶。足元に落ちたけど拾わないのか?」  気づいたら、彼がちょっと呆れたような目で見ていた。私は慌てて「すみませんっ」と謝って、地面に落ちたお風呂セットを見た。風呂桶はひっくり返っていて、中身がバラバラになっていた。 「ああ……大変なことに」  オロオロしている間に、彼は私より先にしゃがんで風呂桶の中のものを何も言わず拾ってくれる。  なんて優しい人なの?  感動してメガネが曇っちゃう。 「あ、ありがとうございますっ!」  私にちょっと砂のついた石鹸を渡して、彼はまた颯爽と行ってしまいそうになる。 「あ、待ってください!」  私は慌てて彼の腕を引き留めた。 「何だ?」  彼は私の行動にびっくりしたように目を丸くした。私もびっくりしていた。  どうしよう。  第一声、考えてなかった。 「あの……良いお天気ですね」 「……そうか?」  彼は空を見た。あいにく、結構な曇天だった。  やばい。ますます変な空気になってしまう。 「わ、私のこと、覚えてませんか……?」  私は必死に声を絞り出して尋ねた。 「以前、あなたに道端でカツをあげていた不良から助けてもらった者なんですが……」 「カツをあげて……? あ」  彼の眉がピクッと動いた。気づいたようだ。 「あんた、あの時の」 「そうです! あの時あなたに助けてもらったツル……じゃなかった、貧乏娘です!」 「ちょっと待て」  真田陽は片手で口元を押さえた。 「ツッコミどころが多すぎる……」  
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