お嬢様の涙

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「誰と勘違いしてたんだか知らねえけど、すげー嫌味な女でさ。勝手に俺の仕事場に上がり込んで、不思議そうな顔して『何でこんなところで働いてるの』なんて聞いてきやがった。そんなの、働かなきゃ生きていけねえからに決まってんだろ。あいつらにとっては端金かもしれねえけど、こっちは少しでも稼いで金を貯めなきゃ……悠を入院させて検査させることもできねえんだよ」  私は思わず悠くんを見た。  入院。検査。そうか。だから、あんなに彼は必死になって。 「あいつらが走る道路だって、コンサート会場だって、俺たち労働者が汗水垂らして働いたおかげで造られたんだ。それなのにあいつら──俺たちを下に見て、汚い手で触るな、だってさ」  彼は自分の荒れた無骨な手を見て呟く。 「……俺だって、好きでこんな貧乏になったわけじゃねえ」  胸がぎゅっと締めつけられるような思いがした。  私のただの好奇心と不用意な一言が、彼に惨めな思いをさせ、プライドをズタズタに傷つけてしまったのだ。   「その人はきっと住む世界が違いすぎて、兄ちゃんのことが珍しかったんだよ」 「俺は珍獣か」 「猛獣かもね」 「この野郎、生意気だぞ」  真田さんは悠くんにデコピンするふりをした。悠くんは苦しそうに咳をしながら笑う。 「そんな雲の上の人の言うことなんか、気にしない気にしない。誰がなんて言おうと、兄ちゃんは兄ちゃんだよ。世界一かっこいい、ぼくの自慢の兄ちゃんだよ。ねえ、お姉ちゃん──」  こっちに向かって笑いかけようとした悠くんが不思議そうな顔で固まった。  ポタリと、私の頬から涙が落ちた瞬間を見てしまったからだろう。 「ご、ごめんなさい……」  部屋の中が静まり返る。  私は慌ててハンカチで涙を拭こうとしたけど、いかにも金持ち風なレースのハンカチしか持っていないことに気がついてやめた。 「何であんたが泣いてんだよ」  真田さんの戸惑う声がする。 「……ごめんなさい。何だか……悔しくて」  気づけなかった。  自分の無神経さが悔しい。 「金持ちって、嫌ですよね。贅沢するのが当たり前で、人を傷つけても気づきもしないで、偉そうにして……」  
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