お嬢様の涙

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「おい、待てよ」  私はビクッ! と肩をすくめた。  振り返って、心臓が口から飛び出そうなほど驚く。いつの間にか真田さんが背後まで追いかけてきていて──私の肩を掴んだのだ。  足が速い! さすが肉体労働者!  ど、ど、ど、ど、どうしよう!  足ががくがくして顔も上げられない。そんな私に、真田さんはすっと私の風呂桶を差し出した。 「忘れ物だ」 「あ……。ありがとうございます……」  震える手でそれを受け取ったけど、やっぱり顔が上げられない。  彼はどんな顔でこっちを見ているんだろう。 「あのさ」  うつむいたままの私に、真田さんが言う。 「……ごめん。泣かせて。俺のせいだよな。理由は聞かねえけど、何か辛いことでも思い出させたんだよな、きっと」  止まっていた息が全部吐き出そうになった。  ──気づいてない⁉︎  はっきり顔を見られたと思ったのに、真田さんは私の変装に気付いていないようだった。昨日の姿とあまりにギャップがあったせいか、よほど彼が鈍感なのか。恐らく後者かと思われる。 「う、ううん! 私こそごめんなさい。急に涙出ちゃって、恥ずかしくなっちゃって、それでつい……」  モジモジしながらそっと顔を上げてみると、彼はほっとしたように微笑んでいた。  その安堵の表情に私の心はまた撃ち抜かれてしまう。 「あのさ。良かったらまた遊びに来いって、悠の奴が言ってんだけど──」 「えっ⁉︎ い、いいんですか? また行っても……」 「ああ。あいつ、あんたと話すの楽しかったみたいだから。俺がいない時に発作が起きたりしてないか心配だし、たまに様子を見に来てくれると……正直助かる」
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