菜の花の約束

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菜の花の約束

「見ておりましたとも、聞いておりましたとも」 「い、い、いつから!」 「もちろん、最初から最後まで、ですよ。私はあなたの執事です。姫の身に何かあったら私の責任ですからね。しかし驚きましたよ」  矢野はぐいっと私に顔を近づけて凄んだ。 「嫁入り前の娘が、年頃の男の家に招かれてのこのこ入って行こうとは。無防備にも程があります。嘆かわしい──私は姫をそんなふしだらな娘に育てた覚えはありませんよ?」 「私も矢野に育てられた覚えはないわ」  矢野はじろりと私を睨んだ。あまりの迫力に首をすくめてしまう。 「……そんなに目くじら立てないでよ。誘ってきたのは彼じゃなくて、彼の弟よ? 見ていたなら分かるでしょ?」 「でも結構いい雰囲気だったじゃありませんか。狭い六畳間で、汚い卓袱台をみんなで囲んで、仲良く桜エビ入りの塩焼きそばを食べて、正体がバレそうになる程接近したりして」 「それは……」  私は言い訳をしようとしたけど、何か違和感のようなものに引っかかった。 「ちょっと待って。何で部屋の中の出来事までそんなに詳細に分かるの? あなた、どこから見てたのよ?」 「もちろん、外からですよ」 「ウソ! 何かおかしい!」  体のどこかに盗聴器でも仕込まれたのかと思って、私は服の袖やボタンなどをあちこち探った。すると矢野はクールに微笑み、私がかけていた分厚いレンズの眼鏡を指した。 「実はそれ、ウェアラブル端末になっておりまして。姫の行動のすべては動画撮影されて私のスマホ宛にリアルタイムで転送される仕組みになっているのです」
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