菜の花の約束

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「私が姫に協力? とんでもない誤解です。私は姫にあの男の現実を見ていただきたかっただけです。あの男が、金もない上に病気の弟というお荷物まで抱えているただの不良だという現実を。姫のような資産家の娘とあんな生活保護下のド貧乏が、結ばれるはずがないでしょう? あの男と引き合わせたのは、早いうちにそれを姫に理解していただくためです」  目の前に暗幕が垂れ下がったかのようだった。そんな私に、矢野はさらなる追い討ちをかける。 「それに私はあなたの執事ではありますが、友達ではありません。私の雇用主はあくまであなたの父、雅臣様。幼い頃、姫の遊び相手を仰せつかり、ノリで執事の真似事をしていたらあなたが私をいたく気に入ってしまったので仕方なくそのまま執事の役をお引き受けしただけのこと。姫のお世話をしていたのは、それが私の仕事だったからです。あの男との恋のキューピッドになるためではありません」  きっぱりとした口調だった。それが彼の本心であると宣言するかのような。 「仕事……だから?」  私の瞳からついに涙が溢れ出た。  「つまり……お金をもらえるから……矢野は私の側にいるの? 本当にただそれだけなの……?」  目を閉じると浮かんできた景色があった。  一面の菜の花。  私はその花畑で、菜の花の茎で編んだ花冠を作っていた。  上手に作れたそれを頭に乗せようとするけど、小さな冠はすぐに私の頭からずり落ちてしまう。  何度も挑戦しては失敗するその姿に見かねたように、一人の少年が私に近づいてきた。彼は私の頭にそれを乗せるのを手伝ってくれた。  ──可愛いね。まるで本物のお姫様みたい。  花冠を乗せた五歳の私にそう言って優しく微笑んでくれたあの時の少年が、今、目の前で氷のような目をしていた。
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