菜の花の約束

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「それより、これからいかがなさるおつもりです?」  宮藤家に向かって歩き出しながら、矢野は私にそう尋ねた。 「まさか、その変装であの男の家に入り浸るつもりではありませんよね?」 「やっぱり、ダメ?」 「当然です! あの男、完全に姫のことを貧乏娘だと思い込んでいますよ。そんな状態で仲良くなって、心苦しくはないのですか?」 「もちろん、心苦しいわ。だけど……どうやってお嬢様のイメージをアップさせたらいいか分からないんだもの。矢野、何かいい考えはない?」 「無理でしょうね」  矢野はにべもなく言った。 「あの男の貧乏根性は相当なものです。金持ちへの偏見と僻みで頭が凝り固まっていますからね。イメージアップは相当難しいでしょう」 「あの人は、別に僻んでいるわけじゃ──」 「そうですか? 私にはただの僻みにしか聞こえませんでしたけどね。自分たちが道を造ってるなんて偉そうなことを言ってましたけど、その費用は誰が出しました? 国や地方自治体や宮藤家のような資産家が支援して、公共事業というものは成り立っているのです。こちらが払った費用で依頼したものを、請け負った業者が労働で返すのは当然の理です。労働と雇用は平等であり、契約にはどちらが上か下かなどはありません。甲と乙だけです。雇われるのが嫌なら雅臣様のように起業すればいいんですよ。こちらが文句を言われる筋合いはありませんね」 「口が過ぎるわよ、矢野。彼らがいなければ道が造られないのは事実よ。あなたは今着ている執事の服を脱ぎ捨てて、汚い作業服に身を包める?」 「死んでもごめんです」 「だったら彼らをけなすことはしないで。彼らは私たちにできないことをやってくれているのよ」  工事現場で働く泥まみれの男たちの姿が頭に浮かぶ。 「……なんとかしてあげられないかしら……あの人たち」
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