真田家のピンチ

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「もしもし、矢野? ねえ、いったいこれはどういうことなの⁉︎ あなた、ちゃんとパパに説明したの⁉︎」  真田さんの現場をうちの会社が乗っ取ったという事実は本当なのだろうか。  どうしてそんなことになってしまったのだろう。  興奮する私とは裏腹に、電話の向こうの矢野は至極冷静な声だった。  『私はきちんと説明しました。しかし、現場に要望が届くまでの間に伝達ミスがあったようですね』 「伝達ミスじゃ済まされないわよ!」  ヒステリックに叫びたくなったけど、人目を気にして何とかボリュームを抑える。 『やはり他社が仕切っている現場を操作するのは雅臣様でも容易ではなかったのでしょう。下手をすれば独占禁止法に抵触しますし。ですから、建設会社そのものを自分の傘下に引き入れるしか手段がなかったのだと思われます。かなり強引なことをなさったと私も驚いています』 「それで……どうして古くからいた労働者を追い出したりしたの⁉︎」 『おそらくコスパの問題かと。宮藤建設からも現場のプロを何人か派遣したので、労働力は充分だと判断した彼らの元雇い主がこちらに断りなく人員カットを行なったのだと思われます。日雇い労働者なんて一番切りやすいところですからね』  コストパフォーマンス──つまりお金の問題だと矢野は言う。  なんて皮肉なのだろう。  そのお金を惜しんだところで何の意味もない。本当に注ぎたかったところにお金が届かず、彼らはクビになってしまった。  私のせいで、彼は食事すら制限されるほどの困窮を強いられた。  恨まれて、悪魔と呼ばれても仕方ない。  私は悔しさを堪えて、拳を固めた。  過去はもう変えられない。だったら今、自分に出来ることをやるしかない。 「矢野──私、今夜は帰らないから。パパにはそう伝えて」 『何をおっしゃいますか、そんなこと、言えるわけが……!』  私はウェアラブル端末の通話を切った。そして、眉間に力を入れて真っ直ぐに走り出していった。
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