危険なバイト

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危険なバイト

 ◇  鍵を開けて入ると、奥の方からか細い声がした。 「兄ちゃん……? おかえり……」  悠くんだ。彼は布団の中に入ったまま私の顔を見て驚いて、それから少し嬉しそうな顔になった。 「どうしたの……? 兄ちゃんは……一緒じゃないの……?」 「うん。ちょっと用事があるって。私が悠くんのことを代わりに頼まれたの。ごめんね、迷惑じゃない?」 「全然、迷惑じゃないよ……」  ごめんね、ぼくこそ起き上がれなくて──と悠くんは青白い顔をして言った。  何だかとても、痛々しい。  病気が深刻な状況に進行しているのではないか、と素人の私でも診断できそうな程だ。 「兄ちゃん……いつ帰ってくるか……言ってた……?」 「ごめんなさい、聞いてないの。でも、お兄ちゃんが帰ってくるまで私がずっとここにいるわ。安心して……寝ていていいのよ」 「そう……」  悠くんは何か悟ったような目をした。  年齢と見た目の割に、彼の表情には時々ドキッとさせられる。 「ぼく……大丈夫だよ…ひとりでも……」 「駄目よ、すごく顔色が悪いもの!」 「いいから……お願いがあるんだ……。ゆみさんに……」 「え……?」  悠くんは戸惑う私に、真剣な眼差しを向けた。 「兄ちゃんを止めて……。行っちゃったんでしょ……? あのバイト受けに……」 「悠くん……どうして」 「分かるよ……。兄ちゃんがぼくを置いて行こうとする場所なんて、もうあそこしかないもん……」  悠くんは悲しい顔をした。そんな彼の顔を見たら、私も嘘がつけなくなってしまう。 「どんなバイトなの……?」  悠くんはそっと衣装ケースを指差した。 「一番上の引き出しの中……名刺が入ってる」  私はためらいながら、教えられた場所を探った。
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