危険なバイト

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「……兄ちゃん、本当は……調理師になりたいんだ。手に職をつければ……食べるのに困らないから……。二年の実務を積めば中卒でも免許は取れるみたいなんだけど、最低でも高校は出ろって……死んだお父さんが言ってたから──ぼくも、その約束を守ってほしいと思って……」  悠くんは少し咳き込む。 「今の世の中……高校くらい出ておかないと……いくら免許あっても就職するところなんて見つからないって……。たとえ就職できたとしても、絶対出世できないって……。ずっと底辺から抜け出せないんだって……」  だから真田さんは働きながらも高校に通い続けていたんだ。  お父さんからの遺言だったのか。  それだけでもう泣けてくる。 「兄ちゃんに……夢を諦めてほしくないんだ……。高校もやめてほしくない……。だから──」  私はようやく、引き出しの底にあったものを見つけた。  誰かの名刺だ。裏に店の名前が書いてある。 「ここって……?」 「夜勤の休憩中にその人から声をかけられて、うちで働かないかって誘われたんだって……。でもそんなバイト……させちゃダメだよね……? もし見つかったら退学になっちゃうもん」  ──背に腹は代えられねえ。  あの時の彼の暗い瞳の色が脳裏に蘇った。 「そんなに危険なところなの? だったら駄目よ! 絶対に駄目!」 「僕には……説得できなかった……。でもゆみさんの言うことなら……ひょっとして兄ちゃん……聞いてくれるかも──」  だから、止めて。  兄ちゃんを助けて……。  そう言って、悠くんは意識を失くしたように目を閉じた。 「ゆ、悠くんっ!? ね、ねえ……悠くん!」  私はパニックになった。  真田さんのところへ行かないと。でも悠くんも放っておけない。  どうしたらいいのか分からなくて焦る私の背後で、ガチャッとドアが開く音がした。 「……お困りのようですね、姫」  そこには怖い顔の執事、矢野がいた。
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