危険なバイト

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 ◇  お前は誰だ。  鏡の中にいる男に、真田はそう呼びかけたくなった。三つボタンの高価そうなスーツにワックスとピンで整えた髪。まるで別人のように変わった自分に。 「まさか本当に面接に来るとは思ってなかったよ。お前まだ未成年だろ? 学校にバレたら退学だよな」  真田をこの姿に変身させた男が笑いながら彼の肩を叩いた。真田に名刺を渡し、この店に来ないかと誘った男だ。  彼はいわゆる元ホストという人間だった。別の店でナンバーワンを務めていたこともあったが、今は独立してこの店のオーナーをしているのだという。  真田のどこにそんな素質があると思ったのかは知らないが、「やっぱ俺の見立てに狂いはなかったなあ」と彼は満足そうに呟いた。   「ちょうど人手が足りなくて困ってたんだ。新人のやつが客に手を出したんでクビにしてやったばかりでさ」  運がいいよ、お前。そう言われても真田は全然嬉しくなかった。それどころか、底なし沼に片足を突っ込んだような気持ちになった。  こんなところ、自分には絶対に縁のない場所だと真田は思っていた。  自分は口の利き方が器用な方ではない。口を開けば必ず相手を不愉快にさせる。こんな仕事が務まるはずはない。  それでもやらざるを得ないと決意した理由は、給料を上限100万円まで前借りできると言われたからだ。  それだけあれば、悠の手術をすぐにでも受けさせることができる。  ただし、ひと月以内にそれだけ稼げなかった場合はその額に達するまで何ヶ月でもタダ働きという条件がつく。  この店がどれだけヤバいのかなんて、真田にも十分に分かっていた。  労働基準法無視、未成年への飲酒も許可するとんでもない店だ。約束が果たされるかどうかもわからない。  だが、彼はそれでも良かった。  今は弟の命さえ助かれば、後々自分がどうなろうとも。
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