危険なバイト

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 真田は家に残してきた弟の白い顔を思い出す。それと同時に、彼女のことも。  ──江藤ゆみ。  彼女には変なことを頼んでしまった。きっと困っているだろうと思う。  病気の子供を一晩中見守るなんて、誰か大人の手を借りるとは思うがやはり責任が重大すぎる。しかし彼女に任せる以外、他にいい考えも浮かばなかった。  頼りにできるのは彼女だけだった。  それに気づいた時、真田はどうかしているなと思った。  たった二回会っただけの人間。何を考えているのか分かるわけもない。  それでも、彼女なら大事な弟を託せると思った。  彼女の涙からは打算らしきものを一切感じなかった。  心から本気で自分達を心配してくれている──素直にそう信じることができた。  女なんて、家族でさえも簡単に捨てて金がある方へと行ってしまう。  そういうものなんだと……軽蔑していたのに。 「さっそく今日からおまえにはヘルプに入ってもらう。いいな?」  男に言われて、真田は現実に戻った。 「聞いてんのか?」  返事をしようとした時、店内から騒がしい声がした。誰かが真田たちのいる控室に飛び込んできて叫ぶ。 「おい、大変な客が来たぞ!」 「誰だ?」  飛び込んできた男は、凝視するように真田を見た。そして、やはり彼に向かって指を突きつける。 「おまえをご指名だ」  指を差されても、真田は何のことかピンとこなかった。 「は? 何言ってんだ。こいつはまだ見習いだぞ? さっき採用してやったばっかりなのに、客がつくはずが」 「聞いて驚けよ? ご指名の相手は宮藤リゾートグループの、愛姫(えみ)お嬢様だ!」  真田は目を見張った。 「宮藤……愛姫?」  その苗字とお嬢様という単語が彼の記憶の中で結びつく。  「あの女か」  偶然の来店なのかと一瞬考えたが、自分が向こうのご指名だというのだから偶然なんかじゃないなとすぐに気づいた。  ……そうか。また(あざけ)りに来たか。 「行きます」  拳を握り、歩き出した真田の目は周囲を凍てつかせるほど冷え切っていた。
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